金曜午後YOGA基礎

クンダリーニヨガ

クンダリーニヨガを始めてから3年以上が経過しました。始めるきっかけは、当時、疲れを感じており、改善したいと考えていました。雑誌で、あるアスリートが現役を引退した後に体の故障を治すためクンダリーニヨガを行ったところ、体の調子が改善しただけではなく、引退後に色々なことを前向きにやりたいというような心境の変化があったことが書いてありました。そこでクンダリーニヨガができる所を探し、ここに教室があったので始めました。

クンダリーニヨガでは、ある効果を目的とした一連のエクササイズのセットとメディテーションを行います。エクササイズには、目的別に多くの種類があり、全身に効かすセットや、特定の部位に効かすセット、心地良いセットから、きついセットまで、色々なものがあり、その月のテーマに合わせて行います。エクササイズの動き自体はシンプルですが、順番と時間が決められており、それに従って行うことで、目的とする効果が得られます。その後に、リラックス、メディテーションの順番で行います。エクササイズ後のリラックスは、非常に深いリラックスを得ることができます。日常で色々と、気がかりなことがあっても、この時には忘れてしまうことがありました。また、メディテーションについても、色々なパターンがあり、好みのメディテーションの場合、意識が変容する感覚があります。具体的には、肉体的な感覚が喪失したり、逆にそれまで気づいていなかった体の微細な信号(ちょってした違和感)に気づいたりしました。また、同じ考えが頭をグルグルと回っているような状況から離れることができたり、一方で既に納得していると思っていたことが心の奥底では納得していないことに気づいたりしたこともあります。

日常生活では、寝付きが随分と良くなる等の体調の変化がありました。腹の立つことも半分くらいに減ったように感じます。さらに、根拠のない思い込み等を自覚することができ、随分とそれらが除かれていったと思います。出来事に対しても、以前の自分とは違った視点で見ることができるようになっていると思います。

 中山先生や教室の雰囲気についてですが、言葉に表現することは困難で、教室に参加してみないと分からないと思います。もし、始められたいと思う方がおられる場合は、まず、体験してみることを薦めます。先生、教室の雰囲気、そしてクンダリーニヨガに対して合っていると思ったなら、続けてみると良いのではないでしょうか。

杖道入門 中年の巻

「杖道をやっています」「じゅうどう?」「じょうどう、です」「じょうどう?」「杖の道と書きます」「あ〜、棒術みたいなやつですか」「ん〜、ちょっと違います…」 古武道を習っているという話題に及んだ際、しばしばこんなやり取りが起こります。私は現在、杖道なるものを習っています。

正式名称は神道夢想流杖道または杖術。古くから日本に伝わる武道、即ち古武道のなかの一流派です。杖道は今から四百年ほど前に夢想権之助勝吉という剣の達人によって創始されました。彼は天真正伝香取神道流と鹿島直心影流の剣術の奥義を修め、それまで一度も敗れたことがなかったらしいのですが、宮本武蔵と試合をして初めて破れたそうです。

それ以来諸国を遍歴し粉骨の武者修行の末、筑前の神社での三七日の祈願を終えた際、夢のなかで「丸木をもって水月を知れ」との神託を授かったと伝えられています。それ以降、剣によって得た真理を応用し、三尺二寸の太刀よりも一尺長い四尺二寸一分、直径八分の樫の丸木を創出し、これを武器として槍、薙刀、太刀、体術等の武術の特徴を総合的に取り入れた杖術という新しい技の体系を編み出し、遂には宮本武蔵の十字留を破ったと伝えられています。その後、杖術は黒田藩門外不出の御留の武術として明治維新まで継承されましたが、その後明治四年、門外不出の杖術も一般に解禁され現在に至ります。

六甲界隈に引っ越し数年ほど経った、とある土曜日の夕方のこと。普段はJR六甲道駅からバスで家に帰るのですが、珍しく歩いて帰ろうと阪急六甲駅近くの八幡神社の境内に足を踏み入れたところ、道着袴姿の一群が何やら練習をしている光景に遭遇しました。そのうちの二人を見ると、一方が太刀を、もう一方が杖を持ち、打ち合いをしていました。

それまで見たことのない光景に俄然興味が湧き、その場におられた方にお尋ねしたところ、杖道であることが分かりました。それから時間を置かず、私はこの杖道に入門していました。私が四五歳ぐらいの時です。その歳でよく入門したなと自分でも思います。その理由をよくよく考えてみたとき、例えるならば、杖道という古武道を目の当たりにしたことが触媒となり、小さい頃から私の心の中でちょろちょろと燻っていた何かに触れてパチパチと火花が弾け、その火花が杖道入門の数年前から私の心に渦巻いていた〝ある思い〟に引火したのです。

小さい頃はチャンバラごっこが好きで、当然斬られ役よりは斬り役になりたいので、延々と切り合いを続けているようなアホな子供でした。小学校高学年になったある日、学校の部活動を紹介する冊子を見ていた時、知った顔の子が剣道部の写真の中に写っていました。彼は身体が大きめだったのですが、たまに鼻を垂していた、ぬぼーとしたような性格でした。一方、写真の彼は道着袴を着て、普段見せないような凛とした表情でこちらを見ていました。これがあのハナタレ? カッコええ… 自分もやりたい…。しかし、その頃の私は小児喘息気味で痩せており、剣道部に入部することはありませんでした。しかし未練はありました。

中学校に入学し、私自身は個人競技に興味があったのですが、よくキャッチボールをしてくれた親父に半ば強制されて野球部に入部しました。守備練習時に受けるノックの球は速く、しかもグランドに沢山落ちていた小石にその早い球がよく当たり、眼前で急に向きを変え顔面めがけて跳ね上がってきました。そんな時はついビビって腰が引けエラーをし、監督からもっと前に出て球を取れと怒鳴られ、試合でエラーしてチームに迷惑をかけないようにと思いつつ、大事な場面でエラーする。思い出としてしっかり残っています。それでもなんとか中学三年まで辞めずに頑張り、甲斐あってレギュラーになれました。しかし中学三年生最後の地区大会直前に、私のポジションにサードでのポジション争いに敗れた奴がやって来ました。最後の地区大会、試合中ベンチをずっと暖めていました。この悔しさが、団体競技より個人競技や、との思いを強くさせたかもしれません。

中学三年生の時、〝燃えよドラゴン〟にハマりました。それが高じて高校入学の時点で両親を説得し、町の少林寺拳法道場に通わせてもらいました。技をかけられた時の痛みや、勢い余って金的を蹴られたときの声が全く出ない痛みを乗り越え、黒帯二段を取得することができました。こうして面白さを感じ始めた頃、大学受験勉強が本格化する時期と重なり、勉強に専念しなければヤバいかも、ということで高校最後の半年間、少林寺拳法の練習を休ませていただきました。結果、一浪の後、行きたかった京都の大学に受かったのですが、その反動で京都での大学生活を満喫することに心を奪われ、結局は少林寺拳法から遠ざかってしまいました。このことが後になって少林寺拳法をしていたと自慢したいけど自慢しきれない、中途半端な思いとして残っていました。

大学を過ごした京都は大学と共に学生が非常に多く、保守的な地元京都人の性格とは裏腹に、若い学生文化の都のようで、〝新しいことはいいことだ〟という価値観に溢れていました。加えてマスメディアは欧米の新しいデザイン、ファッション、音楽、映画、舞台芸術など、新しがりの若者受けするモノを頻繁に紹介し始め、外国(西洋)のモノは優れているように喧伝し、私たちも、新しい=洋モノ=良い、という図式を頭の中に作り上げたかのようでした。私自身、京都に六年間住んでいたのですが、その間、京都の有形無形の文化遺産にあまり目が向かず、実に勿体無いことをしたと後になって後悔しました。

社会人になってからも、洋モノ礼賛の流れは続きました。極めつけは、これから英語を話せないことはビジネスにとってはマイナスであるとメディアに煽られ、三十代半ばぐらいに一念発起して英会話学校に通ったことでした。そのお陰で立て続けに二社の外資系企業で働くことになりました。幸か不幸か、運の尽きか運の始めか、このことが杖道に向かうきっかけとなりました。

外資系企業では年に一、二度、同じ部署の人間が各国から集まる全体会議がありました。二社目の外資系企業の場合、日本からの参加者は私のみ、他は欧米と中南米からの参加でした。そこでは〝グローバル〟としてのアメリカ本部による方針説明と、〝ローカル〟としてのその他の国からのメンバーによる質疑応答、そして議論がなされました。西洋的な考え方に議論の結論が纏まろうとする方向に対して、専ら異見を唱えたのは、若い頃に西洋の文化に大いにカブれた私でした。

拙い英語力も手伝って、西洋の多勢に対する日本の無勢、とは言い過ぎかもしれませんが、日本のマーケットや消費者のことを考え、文字通り孤軍奮闘する状況にしばしば陥りました。気疲れてホテルの部屋に戻り一人ビールを煽っているような時、改めて実感させられるのでした。つくづく自分は日本人やなぁと。

違う文化や考え方を持つ人間が、お互い何とか分かり合おうとし、それをお互い共通の仕事として具体的に解決しようと努力する。こうしたことは日本では経験できないので、視野が広がったという意味においては良かったと思います。しかしそれ以上にエエ歳の中年になって、自分のDNAはやっぱり日本人なのだ、という忘れがちな事実を、他国の人間との生々しいやり取りによって相対的に認識させられたことは貴重でした。

何故ならこの相対的な認識があったからこそ、私自身は洋モノにいくら惚れても痩せても枯れても日本人でしかあり得ないということを悟り、だったら絶対的な日本人としてのDNAというものが私にはあるのだろうか、あるとしたらどのようなものなのか、もっとしっかり実感したくなったのです。要はアイデンティティクライシスと表裏一体の思いだったかもしれません。そしてそれには、ガラパゴス諸島の生き物よろしく長い年月をかけて独特の進化を遂げてきた、世界に類を見ない素晴らしい日本の伝統文化を学ぶことが、今の自分に出来る最善の方法だと考え、数年来、この歳の自分に合ったものがないものかとアンテナを張っていたのでした。

そうこうして八幡神社で杖道という古武道に偶然出会った瞬間、それが小さな頃から心の底で燻っていた思いと化学反応してパチパチと火花が散り、その火花が、日本の伝統文化を今更ながら学び実感したいという温故知新の思いに引火し、杖道入門即決への炎となったのです。

八幡神社境内での故吉田師範との稽古

六甲道場に入門し、約七年半になります。その間、多くの方々が入門されては去っていかれました。私がこれまでのところ、あまり休むことなく修行を続けて来られたのは、自分にとっての杖道の面白さも然ることながら、入門時から杖道だけでなく様々な修行事をご教示いただいた、昭和平成時代の文武両道の武人のような吉田泰造師範をはじめ、杖道を通じてそこに集っておられた方々との少なからぬご縁があったからだろうと思います。この意味に於いて、私が六甲界隈に引っ越し、杖道に遭遇したことは、実は偶然でなく必然であったのかもしれないと感じています。

吉田師範は惜しくも昨年三月に急逝されました。改めてご冥福をお祈りいたします。
合掌
三木 能武之

姿斉とは (SHIZENなSHISEI)

Q1.姿斉(シセイ)って?

A.姿斉(シセイ)とは、自分自身(ワタシの感覚にさからうことなく、無理なく痛みなく動いていくことで、心地よく自動的に姿勢が斉(ととの)えられていく運動法です。
また、姿勢(カラダ)が斉えられることで、カラダと表裏一体の関係にある心思(ココロ)のバランスもいつのまにか斉えられていきます。さらに、身体(カラダ)と心思(ココロ)のバランスが回復するにしたがって、その双方の源ともいえる精神(セイシン)の安定もはかられ、日々の生活リズムが心地よい時を刻みはじめます。
このように、姿斉とはワタシ(自分自身)のリズムを自然のリズムに調和させることで、身体(Body)、心思(Mind)、精神(Spirit)という、ワタシを形づくる三つの要素のバランスを、無理なく心地よく回復させることのできるメソッドなのです。
姿斉は、以下にあげた三種の実践アプローチをもちます。
1、身斉(みせい)[カラダから斉えていく方法]
2、心斉(しんせい)[心思(こころ)から斉えていく方法]
3、申斉(もうせい)[心身に必要な自然界のエネルギーを我が身に取り込む心得]
*斉える(ととのえる):三種のモノ(ここでは身体・心思・精神)のバランスを加減よくはかること。
*申(しん):申の原意はカミナリ(雷)≒自然界のエネルギーのこと。

Q2.姿勢と姿斉のちがいは?

A.姿勢とは、身体(カラダ)や心思(ココロ)の構えや様子を表す言葉です。 姿斉とは、身体(カラダ)・心思(ココロ)・精神(セイシン)を、無理なく心地よく斉える(ととのえる)方法です。

Q3.斉の字を使っているのはなぜ?

A.一般的には、「ととのえる」という場合には整の文字が使われています。しかし整の原意は広がったものを束ねて「ととのえる」であり、逆に縮んだものをゆるめて「ととのえる」という意味をもちません。これに対して斉える(ととのえる)は、広がる、縮む、広がりも縮みもしていない――という三種の固定状態(異常状態)から正常な状態へ回復させるという意味を含んでいます。そのような理由から姿勢を整えるではなく、姿勢を斉える――つまり姿斉であるわけです。

Q4.難しそうですね

A.そんなことはないと思いますよ。自分自身の感覚に素直にしたがって動いていくだけです。これを主感従知(しゅかんじゅうち)の原則といいます。思考や知識を優先させるのではなく、自分自身の感覚を信頼して身体を動かしていくという意味です。
そういった意味からも、姿斉の動きは感覚主導の実践と継続でしぜんに身についていきますので、年齢・性別に関係なくだれもが無理なく簡単におこなえます。「千里の道も一歩から」、「塵も積もれば山となる」、「継続は力なり」先人の教えどおりです。

Q5.姿斉は日本のメソッド(方法)ですか?

A.1997年より片山賢氏が長崎県の川棚町(内海に面した静かな所)で始められました。当初は中庸姿勢法(ちゅうようしせいほう)と呼ばれていましたが、2010年より「SHIZENなSHISE・姿斉(しせい)」へと変更されています。

Q6.片山賢氏とは?

A.鍼灸免許習得後、整形外科、内科のリハビリ室で十数年勤務。
その間、姿勢と健康のかかわりの研究を続け、1997年に独立。 自然のリズムを味方につけて、無理なく姿勢を育むことの素晴らしさを伝えることをライフワークとして、国内外で活動中の姿勢研究家にしてその実践者です。

Q7.自然のリズムって?

A.自然を観察していると、明から暗へ/暗から明へ、静から動へ/動から静へというように、相反するかに見える二つの極のはざまをその時々の必要に応じてほどよい加減でゆらぎ続けているリズムに気づきます。
もちろん私たち人間はこのリズムに抗うことはできません。もしそのようなことをするとすぐにも身心のバランスを崩し、病にさいなまれます。ですが逆に、自然のリズム味方につけてうまく調和していけば、元気が沸き立ち、身心の健康はおのずと約束されるのです。
●参考:さまざまな自然のリズム 「人間にみられるリズム」
・睡眠と覚醒の加減のリズム
・休息と活動の加減のリズム
・飲食と排泄の加減のリズム
・交感神経と副交感神経の加減のリズム
・病気と健康の加減のリズム
・生と死の加減のリズム…など。
「社会にみられるリズム」
・闘争と平安の加減のリズム
・改革と安定の加減のリズム
・デフレとインフレの加減リズム…など。
「地形や季節にみられるリズム」
・陸と海の加減のリズム
・山と谷の加減のリズム
・寒帯と熱帯の加減のリズム
・冬と夏の加減リズム…など。

Q8. 自然のリズムを味方にとは?

A.ワタシタチ人間は、ものごとを理解しようとするときに、いつのまにか両極端のいずれかにかたより、全体(実態)を捉えにくくしている傾向があります。そこでこの傾向を防ぐため、両端のはざまに「つながり」という第三の働きを加えて、これに対応する練習をしていくのです。
例えば、「明/暗」ではなく明中暗、「白/黒」ではなく白灰黒、「呼/吸」ではなく呼保吸、「○/×」ではなく○△×、「陰/陽」ではなく陰平陽 ――というように、自分自身をも含めたすべての事象を三つのリズムで捉え、そのようにして自分自身の言動を組み立てていくのです。そうしていくことで身心に生じているさなざまな問題(実態)が見え始め、その改善にも気づくようになります。

Q9.教室ではどのようなことをしますか?

A.基本的に身体から斉えていく運動法を中心にお伝えしています。
1 快適な美しい姿勢を身につけます。(身体の中に主軸〈三本の横軸と一本の縦軸〉をイメージします)
2 主軸を使いこなすことで無理のない身体の使い方を身につけていきます。スタイルや立ち居ふるまいが美しくなります。
3 姿勢のみだれを斉える体操をします。
身体全体のバランスがほどよく斉い、快適な状態になります。

Q10.姿勢ってみだれているの?

A.鏡で自分の姿をながめてみましょう。
左右の耳の高さ、左右の目の大きさ、首の傾き、左右の肩の高さ、おへその位置、左右の腰の高さ等々…いかがでしょうか? 改めて自分の姿勢をながめてみると、さまざまなところにみだれが生じていることに気づくのではないでしょう。
・日常生活や家事で利き手、利き足での偏(かたよ)った使い方
・決められた動きの反復(スポーツ)や決められた姿位での仕事
・ケガや手術、病気
・加齢、時々の感情
…などなど、日常の動きすべてが、姿勢のみだれの原因となります。
「毎日食べるから歯が汚れる。だから磨くと同様に「毎日動くから姿勢がみだれる。だから斉える」のです。

Q11.姿勢がみだれるとどなるの?

A.身体の大黒柱である背骨からは31対の脊髄神経が出入りしており、内臓や皮膚、筋肉などと綿密に連絡を取り合っています。姿勢のみだれによって背骨のバランスが崩れると、これらの働きに狂いが生じ、さまざまな病気の原因をつくります。姿勢のみだれは運動能力の低下・精神のみだれ・スタイルのくずれ等の原因ともなります。

Q12.姿勢を斉えるって大切なんですね。どのように斉えていくのでしょう?

A.くつろぎ反応を応用して、痛みのない方向へ快適に動いていきます。また、身体のつくりに合わせて効率の良い動作を身につけます。

Q13.くつろぎ反応って何ですか?

A.例えば無意識に脚を組んだり、腕を組んだりしたときに組みやすい側がほぼ決まっていませんか?正座・横座り・あぐらなどを組むとき、座りやすい側や脚を組みやすい側がほぼ決まっていませんか? ショルダーバッグは、右左どちらか落ちつくほうの肩にかける傾向がありませんか?
これまで、このようなしぐさや動き癖は姿勢を歪め乱す原因とされてきました。
しかし通説に反して、実はこのようなしぐさや動き癖こそが自分自身(ワタシ)の姿勢を自動的に斉えていることを、1980年代初頭ごろ片山賢氏は気づき、これを病院勤務時代に実際に確認していきました。こうした経験から確証を得た氏は、このような反応をくつろぎ反応と命名し、さらに姿勢を無理なく斉える動きとして体系化し、1997年から現在の活動を始めました。

Q14.痛みのない方に動かすんですね。

A.痛みは身体を守ろうとするブレーキであり、赤信号です。
“痛みの生じる方向へは動かさないで!”と身体がブレーキをかけているのです。姿斉では、「腰や肩が痛くて伸びない」のではなく「腰や肩が痛むときは伸ばしてはいけない」「胃が痛んで食べられない」のではなく「胃が痛むから食べてはいけない」というようにとらえていきます。これが姿斉法の基本的な考えなのです。

Q15.これは質問ではありませんが、この場をおかりしてお礼申し上げます。とても面白く目から鱗がおちる新鮮なお話でした。

A.言葉は、さまざまな事象を分けて伝える道具です。そんな道具の言葉だけで説明しようとすると、どうしても理解しづらいものです。機会があれば、どうぞご自分の目と耳と、そして身心で姿斉の実際をご体験ください。最後までお付き合いくださりありがとうございました。ちなみに、姿斉を伝える者をアウェイカーと呼びます。自分自身も含めて、気づきを深めるための目ざまし時計のような役割を担えることができれば――との願いからです。

引用/参考 図書・文献
『自然な姿勢の斉えかた』 片山賢著 コスモスライブラリ刊
『AWAKER’S』、『SHIZENなSHISEI』 シセイプランネット発行
毎週ヨガができるしあわせ

「初体験は忘れない」火曜午前やさしい姿斉

岡本正子先生の教室について、何でもいいから書いてくださいと頼まれてしまいました。断る理由を思いつかないまま、書くことになってしまいました。ならば教室などにお越しになったことのない男性の読者を想定して、まずは、初体験の感想から。

最初は2007年8月28日、もうすっかり忘れていたが、その日の日記を開いてみると、その衝撃の大きさが記されている。70年に近くなるまで、このような運動をまったく試みたことのないわが身体にとって、それがいかに大変なことであったのかがよくわかる。これまで動かそうとも思ってもみなかった、いえそういう部位があることすら気付かなかった場所を、ともかく動かすことを命令される。「お腹から胸を狭める」「肛門を閉めて」「お尻を小さく」「おへそを後ろに引っ込める」「みぞおちを前に」「背中を広く」「そのままアゴを出す」などなど、それを意識して、ともかく動かそうと試みてみる。というより意識することによってその場所に気付かされ、真実はともかく、かすかに動いたような気になる。そのような驚嘆の連続で時間が過ぎていく。

そして終了近く今度は一転して、力を入れたかかとや手のひらを急に脱力するように言われる。それは血行がうながして、手足が熱くなり、呼吸が深くなって眠たくなる。言われるまま、何とそのまま、眠ってしまう。そしてもう起きてくださいの声で目覚める。身体を動かすことで、眠ることができるのだ。驚きの連続で1時間半はあっという間に終了した。

この初体験の運動によって、家に帰って気付いたのだが、脳の中心部分がほうと熱くなっている。頭を使い過ぎた時に熱を持つ前頭葉の部分とはまるで違う、もっと深い脳幹に近いところが熱を持つ。これまで感じたことのない、まったく新しい感覚。脳は身体の一部だと言われるが、身体の影響を受け取る存在だと気付く。しかも、その衝撃は大変なことであったらしく、帰宅してシャワーを浴びて後、立っておれなくなって、しばらくベッドに横になってしまった。わが70年にならんとする身体にとって、これは驚天動地のことなのだ。

ということで、行く前に心配していた、恥ずかしくないだろうか、続けられるだろうか、何より仲間に入れてもらえるか、というような心配はどこかに行ってしまって、これは続けなくてはならないと、周囲のことは何も考えずに思ってしまった。とはいえ、この男性のチン入者を、あたたかく迎えていただいた教室の皆さまに感謝しなければなりません。何より、ここに来なければ絶対に知り合えなかっただろう皆さまに親しくしていただいて、ほんとうにありがたくうれしく思っています。今では、終わった後に昼食をご一緒してお話を伺ったり、生活のやり方についてノウハウを伝授いただいたり、はたまた時には季節の珍しいものをいただいたりと、毎日の生活にそれまでにはなかった豊かさが生まれました。

また、こんな言い方をしては失礼かもしれませんが、これまでの生活ではまるで知らなかった専業主婦という生き方の、豊かさよろこび美しさ幸せ大変さ哀しさを、今になって教えられています。

思えば、正子先生に散歩の途中の公園で何度もお目にかかって、そのうちご挨拶するようになったためですが、ほんとうに人生とはわからないものだとあらためて思うばかりです。この「男おひとりさま」の生活心得などについては、また機会があれば。

--------------------------------- 田原 晋(東灘区在住) Tahara Susumu 田原住む研究室 http://blog.zaq.ne.jp/traveler/ 1994年・連れ合いが50才で他界。 1995年・阪神大震災、1996年 会社員を定年退職

「自分のペース」と「自分の感覚」
アンチエイジングYOGA / ヒーリングYOGA

アンチエイジング&ヒーリングヨガは今年の7月の頃より始めました。きっかけは、この教室の先生がされているブログを偶然見つけたことです。そこで募集していたモニター生に応募したところ、生徒の方々限定だったため先生からお断りのメールが届きました。その文面はとても優しくて心引かれ、実際に体験に行ってみようと思ったのです。

しかしその頃、私にとってヨガは一つのスポーツに過ぎませんでした。ましてやアンチエイジング&ヒーリングヨガの存在、その魅力、それ以前にこれほど多種多様なヨガのジャンルがあることさえ知らなかったのです。そのため、最初からこのアンチエイジング&ヒーリングヨガを思い描いていたわけではありません。ただ、アンチエイジング&ヒーリングヨガ教室の体験後、いくつか他ジャンルのヨガ教室にも足を運びましたが、なぜか分からないのですが「自身の求めるヨガとは何かが違う」という感覚がいつもつきまとったのです。そんなときふと思い出したのが、いつかのあの教室の体験で聞いた、「ヨガは、細く長くするのがいいかなと思うんですよ。」という先生の言葉でした。他のどこよりも教室の心地よさが一番だったここで、アンチエイジング&ヒーリングヨガを始めることにしたのです。

このヨガを始めて、自分の体と向き合うことの大切さをとても感じるようになりました。以前からの腰痛や関節痛、下半身のむくみが、自宅でもヨガを取り入れることで少しずつ楽になってきているように思います。アンチエイジング&ヒーリングヨガは私の体と心を緩やかに整えてくれています。

さらにこのヨガを通し学んだことは、先生がいつもおっしゃる「自分のペース」です。この「自分のペース」によって、焦る心が鎮まったり、嫌な人も気にならなくなったり、いろんな事が素敵に思えたりします。とても不思議な感覚です。まだまだその「自分のペース」はよく見失ってしまうのですが、その度に「はあ〜っと一息つき、まだまだね〜ぼちぼちね〜」と思います。

そしてまた、血が流れる感覚、血が滞り足先などが冷えてゆく感覚などが、少しずつ自分の中に目覚めてきたのではないかと感じています。たとえば、足先が冷えだしたら、少し動かして血が通う感覚を取り戻すことができるようになりました。呼吸の大切さもヨガを通し気づかされたもののひとつです。呼吸によって体が温まり、丹田に力が入って体の力みが取れる。腰痛も少し楽になる。スポーツをしていると、呼吸が体の軸をつくり、余分な力を取払い、心を安定させ、頭を冴えさせてくれるのです。とはいえ正直なところまだ始めたばかりで、「本当?」と聞かれたら「イメージかな?」と思ってしまわなくもない・・・。よくわからない部分もまだ多いのですが、このイメージは大切にしたいです。

私にとってアンチエイジング&ヒーリングヨガは、週に一度リラックスして心地よく心身をストレッチし、すべてのことに感謝できるひとときそのものです。「自分のペース」で「自分の感覚」で過ごすことにより、人それぞれ素敵な時間になるように思えます。先生がそっと導いてくださいます。

そのほか、私が生活の中で大切にしたいことは、「感じること」。人がどう思っているかではなく、風を感じ、光を感じる。冷たい朝の空気、美味しい季節の食べ物!いろいろなこと。ついつい忘れてしまいがちですが、これも「自分のペース」で一つ一つを感じることができればより楽しめるものではないでしょうか。

最後に、優しくてとっても自然な先生と、素敵な時間を一緒に過ごしてくださる教室の皆さん、そしてこの空間を提供してくださるサラシャンティさんに、日々感謝しております。どうぞこれからもよろしくお願いします。

自力整体と私

水曜夜自力整体

4年ほど前に初めて自力整体に出会いました。当時私は肥満の上に年齢も重ねて成人病の高脂血症、ぎりぎりの高血圧、糖尿病予備軍と多彩で、ホームドクターから「2ヵ月後の次の血液検査の結果をみましょう。その間の食生活によっては正規の糖尿病ですね。 そうならないように努力して下さい。」と脅されました。それまであまり気にしていなかったのではありませんがこの際、気合を入れて減量しなければと思った時期と調度タイミングがピッタリだった訳です。20代の頃の体重には戻らなくてもこれからの人生少しでも健康を維持できればいいなと先生のお誘いに応じて主人共々自力整体を始める事にしました。

元来、運動神経がよくなく、苦手意識もあり、身体を動かす事は極力避けてきたのでこれは私にとっては一大決心でした。ナビゲーターの中村泉さんは何事にも真剣に立ち向かわれる方で、私がその時点でやろうとしていた減量作戦に根気強く付き合ってくださり、食事の内容、食べて良い時間と良くない時間、それに毎日朝晩の折線グラフへの体重記録、と自力整体を通り越して様々なアドバイスをいただき1年後には主人も私も10キロ以上減量することが出来ました。自力整体をしながらの体重減少は決して身体に無理な負担をかけることなく、今迄着ていた衣類がブカブカになって手直ししたり、肥って着られなくなったけれど捨てきれずに置いてあった服が着られたり、とても楽しい一年間でした。でも自力整体はダイエットの為のものではありません。この4年間の知らず知らずの間にいろいろ体に変化が起きています。

魚の目を取る為に定期的に通っていた皮膚科にはすっかりご無沙汰しております。血流が良くなったからでしょうか。人の体は永遠のものではありません。でも生かされている限り、出来るだけ健康を保ち、楽しく、感謝して生きられたらどんなに幸せでしょうか。教えていただいた事を全て家で繰り返す事は出来ませんが週に一度、90分の私にも出来る自分の体をみながらのゆったりした体操の時間のお陰で少しずつ体がよい方に変わっていくのは喜びです。