[1]生涯スポーツとしてのトライアスロン(1)

私は21年前に兵庫トライアスロンクラブの結成に参加し、震災後は年に一度ロング・タイプを健康管理を目的に続けています。今回は生涯スポーツとしてのトライアスロンについて日ごろ考えていることを書いてみたいと思います。

会員の方も競技目的、健康目的と取り組み方は様々だと思います。しかしトライアスロンを知らない一般の人は、トライアスロンは過酷で健康に良くないと考えている人が多いようです。ですから生涯スポーツなんて言っても、イメージできない人が大半です。それだけトライアスロンへの間違った理解が世間にあるのは残念な現実です。

しかしどうでしょう、最近話題の三浦敬三さんも100歳でスキーを楽しまれていますが、100歳に近い高齢者で走る人、泳ぐ人、自転車に乗る人が時々話題になることがあります。ですから私の考えているトライアスロンも、こんな感じで3種目を楽しんで続けられたら無理ではないと思うのです。今さら都会生活を脱出する気はありませんので、車、バス、電車など使わずに、身近な生活圏の近距離を歩き、走り、自転車で移動するようにし、そしてプールでの水泳やストレッチを適度に楽しむことを続けていれば、年に1度や2度のトライアスロン大会にも出場できると思っています。

震災の前までは、タイムや順位をこだわり、練習に時間をとって無理をしていました。今から考えると、自分の身体を随分酷使していたと思います。震災のお陰で生活がかわり、その為に競技志向が排除でき、マイペースでレースを楽しめるようになりました。練習時間は減りましたが、ロングタイプを完走するだけの最低限の体力と気力を維持しています。しかし最近つくづく感じるのはロングは体力や気力も必要ですが、体の中の記憶とか、場数を踏む事から得られるリラックスした意識や姿勢も必要不可欠な要素だということです。そして諦めない気持ちが大切だと思います。

勿論、この境地に到るまでには長い時間を要しました。例えば練習の時は大して水や食料を摂らないのに、なぜか競技の時は過食していることに気付きました。それは不安やストレスに起因していた訳ですが、それに気付いて随分楽になりました。水分摂取は本当に喉の渇きを感じるまで控え、補給も少し空腹感が起こるまで抑え、頭ではなく体の声を聞くようにします。普通は先に先にと言われていますが。

また練習できなくて不安を感じる時は、完走できなくても良いじゃないと居直ると楽になります。宮古島大会の場合は14時間を一杯とってゴールするように時間配分すると、どんなに人に抜かれても、後方を走っていても気にならず、亀さん気分でいられます。前半で体の調子が良いからと、スピードを上げたりすると結局後半にそのツケが回ってきて苦労します。正しいリズムやピッチを守って、リラックスして自分を見失わないことは、すなわち座禅や瞑想の境地かもしれません。

こうしたことは会社や家庭の仕事や日常生活でも生かすようにしていますが、これはトライアスリートだからこそ得られる「生活の知恵」だとトライアスロンとの出会いに感謝しています。他人と比較せず「自分との対話」を大切にし、「未知の自分を知るため」にと取り組めば、生涯役に立つ深い知恵を得られると思っています。(2003年8月記)

[2]生涯スポーツとしてのトライアスロン(2)

このテーマで書き始めた矢先、第2回の淡路大会で死亡事故が起こってしまったことは本当に無念遣る方無い思いです。亡くなられた方は健康のためにとトライアスロンに挑戦された訳ですから、なんと言ってもご本人が一番無念であった事だと思い、思い出すたびご冥福をお祈りしている次第です。

私がトライアスロンを始めた頃は、大会に申し込む際に必ず医師からの健康診断書をもらって書類に添付したものですが、それも徐々に形骸化してしまいました。例え、医者から太鼓判を押されても、大会当日にベストの状態にもっていける人はほんの少数でしょう。私もこの21年間に練習中も含めてどれだけ命拾いしたかしれない事が度々ありますし、その事をを思うと本当に生かされていると感謝するしかありません。

4年前にニュージランドのアイアンマンに参加した時は、大会3週間前に二人の方が現地で自動車事故で亡くなられたニュースが続けて入ってきて、トライアスロンには環境抜群の国との思いこみを打ち壊されました。現地についての練習時も20トン車がスピードを落とさずに追い越す度に命の縮む思いをし、恐くて練習する気が失せてしまいました。

こんな思いをしてまでも、やはり私にはトライアスロンは生涯スポーツだとの信念は失せません。3つの種目を安全に気持ちよく完走した時の気分は最高ですし、それをやり遂げたことの満足感やそれに到るまでの充実した練習の日々が、健康なライフスタイルを確立するための私自身の知恵の蓄積になりますし、生涯元気で生き通すという意欲を高める大切な修行だと思っているからであります。

20年来一緒にトライアスロンをしてきた50才代以上の仲間達には、大まかに2つのタイプに分かれます。一つは記録にこだわってきた人、一つは完走を楽しむ人です。前者の人は記録を維持するために、練習量が多いことで、やはり腰やら膝を痛める事が多く、保険やら医者のお世話人によくなっておられます。そして「もう限界や、そろそろ引退する」なんて言葉をちょくちょく口にされます。

後者の方は、私も含めてトライアスロンを口実に旅を楽しみ、なんとか時間内のゴールが出来ればよいと、練習も出来る限り少なくて済むように知恵を絞ります。安全面にも注意を怠り無くし、バイクの練習も危険を避けるために熟知した家の周辺だけに限ります。練習に一番時間をかけているのは室内でのヨガですが、これは筋肉や関節をやわらかくするだけではなく、アイソメトリックスとしての筋肉トレーニングになりますし、教室に通うと女性が多くて楽しくリラックスできます。

私は神道夢想流杖道という古武道も長年取り組んでいますが、これも身体術として含蓄のある深い教えがあり、ヨガ同様にトライアスロンの3種目にも役立つ身体操作があることを学ぶことができます。例えば、すり足、なんば歩き、胆力、胴体力、膝行、間合い、サバキの中心感覚など、なんだ一緒だと気づくことが多く、長く続けるほどに楽しさが増してくるというものです。テイケイの八尾監督からも今年の年賀状に「古武道のテクニックを取り入れている」と書かれていました。次回からはそうした事を、書き綴っていきたいと思います。そのためにも会員の継続をお願いします。(2004年1月記)

[3]ナンバ歩き

環境問題では江戸時代の全循環システムとか日本人古来の生活が見直されている中、ベストセラーになった「バカの壁」の養老猛、「身体感覚を取り返す」の齋藤孝の本が良く売れており、古武道の体術などの伝統文化の復活の兆しがあります。前号では胆力、スリ足、サバキ、ナンバなどの古武道のカラダの使い方について書くと予告しましたが、タイミング良く「ナンバ歩きで脅威のカラダ革命」が立風出版から出ました。この中でチームテイケイの八尾監督がTJ誌の中で述べられている「2軸理論」も紹介されていて参考になりますので是非読んで頂きたいと思います。インターネットでも「ナンバ歩き」で検索すると以前よりずっとその数が増えました。どれも似た様な内容ですが、ここでは私の体験を通して自論を展開させてください。

いきなり「かかと着地は間違っている」と言うと、「え、ウソ」と思われるでしょう。そう「ナンバ歩き」は足の裏をフラットに着地します。だから平地では少し踵から着地するでしょうが、「爪先着地」を意識した方がうまくいきます。困ったことに最近女性に人気のデユーク更家さんは日本人のすり足は間違いと確信をもって言われてます。が、果たしてそうなんでしょうか? 美しく歩くことで日本の女性が生き生きと健康になるのですから、彼の活動は素晴らしいことだと思っていますが、でも先日テレビでの映像をみたら疲れたれた人が膝から下だけ動かす歩きを「すり足」と示して。日本人の歩き方は間違いと言われると、何千年の長い生活から生まれた日本の体文化の狂言、能、舞、相撲から各種の古武道などの「すり足」まで全否定されてしまいそうで心配です。

古武道に沢山の流派がありますが、どれも死ぬか生きるか自分の命を守るために必死に編み出され受け継がれて長い間に一つの流派となり現代まで生き残った体の文化です。古武道は一般に型稽古として伝授され、繰り返し稽古する事から理合を学び上達できるのですが、習う時も真剣でなければなりません。日本のような平和ボケの社会で命がけになって朝鍛夕練せよと言われても実際難しいところです、しかし理合をきっちり指導できる良き師範と出会う機会があったらぜひご縁を大切にしてください。こうした貴重な体術の知恵が明治以降に否定されてしまったのは大変勿体無いことでした。

フルとか100キロを走っていて気付いた人は多いと思いますが、体を捻る走りより、捻らない走りのほうが楽だと思った人は多いと思います。そして腰から、あるいは肩から順に又は同時に足を出すようにすると「ナンバ」になり走りが楽になります。それは捻りが入らないし、腰から振り子運動で足を出すようになりモモ挙げ・蹴りが少なくてすむからです。私がトライアスロンを始めた時に一番嫌だったのは、シューズの踵の外側ばかりが減って、爪先部分は新品同様で捨てるのが惜しかったからです。しかしある時マラソンの一流選手は靴の全体とか前の部分ばかりが減ることを知って私は自分の走り方に疑問を持ったのです。子供の頃を思い出すと、運動靴はつま先部分が開くほどボロボロになるまで履いていたことを思い出し、なぜかと考えました。そして子供の頃はつま先着地だったのではないかと気付いたのです。

私は若い頃痩せていて猫背であまり健康でない自分が嫌いで、社会人になってから健康になりたくて気功、ヨガ、大東流合気柔術、太極拳などを習いました。そして神道夢想流杖道に出会い、気に入って頑張る内に元気になってトライアスロンまで挑戦するようになりました。しかしトライアスロンを始めて7年目の44才のときに股関節を痛めて歩けなくなりました。ランは速く走りたい一心でモモ挙げ、蹴りを意識したストライドの広い走法で頑張りすぎ、足底筋膜炎、坐骨神経痛そして股関節へと発展してしまいました。杖道の稽古時に腰が痛くて伸びなくてへっぴり腰になり、しばしば師範に注意されていました。

いよいよ走れなくなった時、半年ばかりの間クロールと軽いバタ足だけの練習に留めて回復を待ち、痛みが消えてからは阪神今津駅にある道場から練習を終えた後、前NTT監督佐々木功の著書「ゆっくり走れば速くなる」のLSD走法で阪急六甲まで「歩く人よりゆっくり走る」超スローで帰ったりしました。また高石友也の「ネコ足」走法も真似て、杖道とランの姿勢が対立していた事に気付きストライド走法からピッチ走法になりました。武道の構えで走るとは、相撲取りのように腰を前に出す、すなわちヘソを突き出すようにして走るです。これで杖の構えとランの姿勢を同じになり、それ以来武道のへっぴり腰も注意されなくなり、前述したケガも再発しなくなりました。

さらにレースでのランのタイムは改善し、翌年45歳の時の篠山では自己ベストを出し、徳之島では年代別1位になり、サイパンでは2位になりました。その時以来、この走り方をサムライ走法などと仲間に言って笑われましたが、いまやっと世間ではナンバが再評価されるようになってきました。モモ挙げしない、つま先でけらない、足を振り子のように腰から動かしフラットに着地すると、足がリラックスして疲労が溜まりません。すなわち姿勢を維持する胴体力周辺の筋力を整えるのが超スローLSDの目的で、長時間走る事で有酸素機能が開発され、省エネのナンバ走法で疲れない走りができるようになると、結果的にランの記録が向上するわけでした。

しかし上記の走法に改善した後も、靴底の踵が一方的に減る習慣がなくなるのには時間を要しました。ちょうどその頃にテイケイ八尾監督の初動負荷理論を教わり肩と股関節の柔軟性が大切なことに気付き、震災後ヨガを始めました。ストレッチの大嫌いな私ですが、ヨガを始めて4年ほどたって何気なく靴底を見たら、なんとびっくり、爪先から足の裏全体がしっかり減っているのでした。私にとっては本当に長い間の悲願が達成したわけですが、やはり柔軟な体でないと足腰がうまく機能しない事が分かり、生涯元気に体を維持する為にヨガやストレッチのケアが大切なことが分かりました。もしあなたが以前の私のように踵の外側ばかりが靴底が減るのでしたら、スグに修正された方が良いでしょう。 (2004年5月記)

[4]ナンバについて

さて、前回に続いて「ナンバ」について書いてみたいが、最近タイミング良く二つの記事が掲載されたのでそれを引用させていただく。山下哲弘というスポーツトレーナーが10月11日神戸新聞に紹介されていた。トップアスリートが師と仰ぐ人らしい。彼は13年前に足首をねんざしたハードル選手の足首をテーピングで固定して大会に参加させたところ自己新記録を出した。この時に一部の動きを制限することで全体の運動効率が向上する事に気付いた。足首と膝の動きが制限され股関節を中心とした運動に変化し、より理想的なフォームになったことに気付いた。

トライアスロン誌11月号が「壁をうち破る動きのリセット術!」の特集を組んで、あの宮塚英也氏も「肝心なのは新しい技術より固定観念を捨てること」と書いている。彼は「現役時代に何度も変身を繰りかえした」と言ってたけど、実際にはその変身に何度も失敗していたと告白している。「結局それまでの自分の動きを捨て切れなかった。動きを捨てる勇気はあったものの捨てる方法を知らなかった」と。そして整骨院・鍼灸院「立川堂」の佐藤憲一氏のもとに毎週一度通い、背骨を自由に動かして全身を運動させ故障・限界知らずの身体を取り戻すことに気付いたそうだ。

さらに宮塚氏は「頭で考えずに人間本来の動きを感じる」、「背骨を左右にユラユラ揺らす」と書いて、背骨を揺らして歩く写真が沢山掲載されている。これを見たら「アメリカの黒人たちのヒップホップな歩き」のようで、彼らならカッコ良いが、私たちがマネすると変な人と見られてしまうが最近の若者ならやれそう。R&Bのリズムを体に現して歩く黒人たちが、競技でリズムよくリラックスして心身の力を発揮することと関係あるのだろう。余談ながらこの数年「よさこい・ソーラン祭り」が全国各地で展開しているが、大阪でも神戸でも沢山のグループが出場して踊りを競う祭りが盛んだ。リズムに合わせパワフルに踊り元気一杯自己表現しているのは大半が女性たちである。このハツラツ元気なウーマンパワーの動きを見ていると、日本の女子がマラソンや他の競技で活躍するのと根っこが同じでありそうだ。

神渡良平著「春風を斬る」の中で、明治天皇の指南役であった山岡鉄舟は皇居から横浜、小田原、箱根を越えて三島・円通山龍澤寺まで座禅を組みに通ったと書かれてある。距離は往復260キロ、それを月に2回ぞうり履きで二日間で往復したそうだ。もちろん走らないと往復できない距離で、食べものもお茶漬けやおにぎり、服も木綿など重たい服だったろうし、雨風をどのように凌いだのか。お寺についてスグに座禅を組んで、江戸城へ引き返す、それを3年間も続けた。

考古学者シュリーマンの旅行記「清国・日本」を読んだら、この時代の街道筋の状況や日本人の生活ぶりが詳しく書かれたあった。街道は茶屋があったりして人通りが多く、途中休憩したり飯を食べるような場所はいくらでもあったようだ。シュリ-マンが横浜に滞在していた時、イギリス人6人と絹の生産地で手工芸の町の八王子へ馬を借り、馬丁7人を雇い連れ立って行ったとある。「馬丁は下帯だけの素裸で、馬とスピードを競うかのように駆け足で我々の後を追った」と書かれてある。1865年6月18日から20日と日付も書かれてあり、天気は土砂降り続きだったそうだ。

また、シュリ-マンが江戸への街道を馬に乗って全速力で向かった時も、「全身に刺青した馬丁が馬の速さと競うようにあとを駆けてきた」とある。こうした記述を見て驚く事だが、なんと厳しい環境でも平然とふだん着で長い距離を移動していた事が分かるし、その疲れ知らずの持久力に驚嘆する。最近出版された「ナンバ」についての本では、走るという行為は飛脚や籠かき、忍者という限られた特殊技能だったと変な事が書かれている。しかし、そんな不自然な事はないだろうと私は思う。子供の時は走って遊んだろうし、大人も必要に迫られたら走ったろう。私たちも素足で歩くと足の裏が痛くて神経が敏感になり、下腹がきゅっと締まった姿勢になる。草履でも石の上を歩くだけでかなり痛い。毎日石だらけの街道や山道を歩き続けると、腹が据わった体になるに違いない。それは武芸者であろうと、旅人であろうと、農民であろうと同じで、飛脚だけが特別な足の裏をもっていたと思わない。岩や根っこが飛び出した場所で子供の時から裸足で育つと、どんな運動能力が育ち、生きる姿勢が生まれるか。底の厚い靴を履いている私たちの世代と、昔の人といろんな点での運動能力の差が生まれると思う。

したがって「長い歴史の大半、裸足生活の人たちが自然に身につけていたのが「ナンバ」であって、現代の靴文化になって踵をガンガン地面に当てるような歩き方が始まった」と考えても変ではない。足の爪先だけに履く「半足」という草鞋などは、まさに「爪先歩き」が普通であったことを証明している。爪先歩きをすると、当然腰から歩く「ナンバ」になる(こう考えると女性の高いハイヒールも悪くない)。右手と右足(あるいは左手左足)が同時に出す動作は、何も昔の事ではなく、よく観察すると私たち現代人の日常生活のあらゆる事に使っている。テニス、ゴルフからクワで畑を耕すような日常の道具を使った動きはほとんど「ナンバ」であり、従って、歩く、走る、泳ぐも「ナンバ」が正しいということになる。

最初に紹介した山下さんのように「膝や足首の動きを制限すると股関節を中心とした運動に変化し、自己新が出た」ことに気付くのは大変まれなこと。自己新を出なかったら山下さんは気付かなかった。気付いても実行しなかったら、それまで。「縁に気付いて、縁を生かさず」という言葉があるが、読者も「ナンバを知って、ナンバを生かさず」に終わらないよう実践してみてください。実践すればするほど周りに同じ動作があることに気付き、それを生かし始めると面白くて夢中になり健康になります。 (2004年10月記)

[5]ナンバ歩きの実践

図1を見てください。これは飛脚さんが走る姿の写真で、右手右足を同時に出して走るナンバの証拠写真としてよく使われるものです。書籍に掲載されているのは何枚かあり、違う飛脚さんがポーズしていますが、どれも似たように、ポーズをとらして写真家が撮ったもので、よく見ると実際に走っているのでないことは一目瞭然です。どれも似てしまったのは、この時代のカメラ技術から考えて、飛脚さんにカメラの前でポーズしてもらい撮影したために右足を出した方が安定したからだと思います。当然ながら文箱を右肩にかつぐポーズに固定されるため、右手右足を出した記録写真になってしまったのではないかと推測できます。

ナンバ歩きの不自然で誤解を生む「右手右足を同時に出す歩き」という説がまかり通るようになったのは、こんな静止のポーズで撮った写真が原因だとすると、この誤解が正しい身体論の普及の障害となっているのではないでしょうか。 しかし図2は私が最近読んだ講談社学術文庫「絵で見る幕末日本」エメェ・アンベールに掲載されていた飛脚の絵です。これは実際に走っている見たままの印象をスケッチしたものだからでしょう躍動感があり生き生きしています。これを見て分かりますが、右肩に文箱を担ぐ飛脚が左足を前に出しているので、図1のような不自然さがありません。従って図1は明治に入って飛脚という職業の記録写真を残す意図で撮影されたものだと思います。

前回にも紹介したシュリーマンの著書では馬丁が馬の横を全速力で走ってついてくるという驚きの紹介は、他の文献にも出てきますが、もし図1のような可笑しな走り方を本当にしていたとしたら、きっとこの時代に訪れた多くの外人たちは「日本人は右手と右足を出す可笑しな走り方をする民族だ」と興味深く書いたと思うし、それが世界中でもっと流布していたのではないでしょうか。 この意見を覆す文献があれば教えて欲しいと思います。

「ナンバ」とは右手・右足を同時に出す事といった誤った説明が一度頭にインプットされると、修正が難しくなるという困った状況が生じてしまいます。歩く時に右足と右半身を同時に前に出しても、腕の力を抜いていれば右手は後ろに振れます。ですから、ナンバは「右手ではなく、右半身(右腰・右肩)が右足と同時に出る動作」と正しく伝わるようになってほしいものです。最近の日本の短距離の陸上選手の走法の変化や女子マラソン選手があまり手を振らないで走るようになっていますが、これすなわち腰を捻らない動作「なんば」の影響が発揮されているとおもいます。

前々回に紹介の斉藤孝は「身体感覚を取り戻す」の副題を「腰・肚文化の再生」とし、日本人の帯と腰肚の関係を詳しく説明しています。帯、フンドシ、腰巻の持つ役割が長い農耕社会から武芸や着物文化のを通して日常生活に知恵として深く生活に根付いていたのですが、残念ながら現代では衰退してしまったと述べられています。私たちが忘れている日常生活における知恵が満載されていますので、斉藤孝の「呼吸入門」角川書店も合わせてお薦めです。しかしこのような知恵は注意を向けて探せば全く衰退してしまった訳ではなく、幸いな事に私たちぐ身近にいくらでも残っていますし、身近でお手本になる方もいます。明治維新後に追いつけ追い越せで取り入れてきた西洋式ライフスタイルの良さも認めつつ、日本人が営々と築いてきた珠玉の文化遺産を再評価する時期にきている思います。しかし一度安易な生活に浸ると抜けられないのが悲しい人間の性で、糖尿や高血圧といった成人病を生活習慣病と言い換えても、肉食を減らし菜食中心へと習慣を変えるのが難しいのと同じで、腹肚の身体法を修得するために、生活を見直すにはかなりの勇気と忍耐力が必要になります。子どもの時からしっかり教えられることが大切ですが、例えばイスを使わない畳の生活に戻す、少しの移動に車は止め自転車を使うなど、大人が変らないと無理ですよね。

さて、その腰肚文化の再生の具体的実践の一つとして「腹帯を締める」があります。杖道では稽古着として袴を着ますが、袴を着るには、結び目がヘソの下あたり来るように腰帯をシッカリと締める必要があります。袴の前の紐を帯の上に巻いて落ちないようにし、後ろの紐を帯の下の臍下丹田の前できっちりと締めつけます。これで腰の位置がしっかりして腹が据わった感じになります。武道を練習する時でも、袴を着ると着ないとでは上達に差が出ますが、これを上手に着こなす為に、ここで正しいナンバの修得が必要になります。なんばの腰と足の一体の動きを修得すると、どんなに動いても腰帯がヘソの位置より上がってくることはありません。当初私も下腹に巻いた帯がミゾオチへと上がってきて女性のスカートのようになりました。旅館のユカタも着慣れないと、宴会などの間に帯の位置が上がってだらしなくて、さまにならない姿になりました。しかし、武道が上達するにつれ、余分な腰の捻り動作がなくなるサバキが出来るようになりました。さらに細く長く息を吐く丹田呼吸法も徐々に修得できるようになります。

健康法で複式呼吸を指導することが多くなってきましたが、丹田呼吸法というのはヘソの下に意識を集めてする腹式呼吸で、ヨガではクンバクと云い下腹と肛門を締めるように指導します。私は武道の諸動作にも「下腹を締めろ」と指導しますが、それにより逆腹式呼吸が修得できます。現代人は情報過多とストレス社会のために呼吸が短く、口で呼吸する人が多いと言われていますが、腹式呼吸により横隔膜を使って10から20位数えて鼻から吐く長い呼吸ができるようになれば、自律神経が制御できるようになり、副交感神経が安定して様々な病気を治し、健康管理に役立つことはすでに常識になっています。呼吸法は瞑想とか座禅のように座って指導されることが多く、音楽を聴いたり静かにリラクゼーションのような環境を求められるのが一般的です。自然体とは武道の鍛錬によっても得られ術ですから、歩いたり走りながらも出来て当たり前のハズです。(呼吸法は様々な指導法が氾濫していていますが、細かい違いに捉われないことでしょう)。

ナンバを1人で修得する方法の早道は袴を着て太刀を腰に刺し、居合いの練習をすると良いでしょう。歩く時に自然に左手は腰の刀の上に手が行き、右手は右腰の辺りに添えて刷り足で歩くようになります。抜く動作では、腰を引かないと刀は鞘から出ません、斬る時も左足を引いて右手右足が前に出ないと、自分の足を切る事になります。しかし私が習っている杖道の場合は、杖と太刀が相対して型練習をしますので、相手の体格や実力によって違った動きになりますのでより実践的になります。 (2005年1月記 / 2008年9月修正)

[6]競技志向の落とし穴

ナンバについては中休みして本題「生涯スポーツとしてのトライアスロン」に戻ります。最近ある方から私と同年代のトライアスリートたちが5人ガンで、1人が心臓麻痺で死んだと聞き、鉄人と言われる人たちなのに「何でやネン、もったいないことや」と思いました。ただでさえトライアスロン人口が減りつつあるときに、仲間を6人も失なったことは大変な損失です。トライアスロンは本来健康に良い3つの有酸素運動を組み合わせた健康志向のために生まれた筈です。忙しい生活の中で自分の都合の良い時間に他人の干渉を受けず、一人黙々と打ち込める良さがあり、内省的に自分と向き合うのに最適です。さらに私としては日常生活で生かせる自転車が団塊世代に普及し、全国を四国88ヶ所のお遍路道のようにチャリンコ道が簡易宿でつながれば、老化防止で医療費は激減し、エコロジーと都市生活の融合、健康自立の素晴らしい脱クルマ社会になると期待しています。

1960年代のアメリカでは、車社会の弊害で足腰の弱い高齢者が増えた対策にランニングが有効であると分かりボストン、NYなど大都市で市民マラソンが始まりました。楽しくゆっくり走るファンラン、踊りながら健康になろうとエアロビクスダンスなども生まれました。競技志向優先になると時間内に完走しなければ恥だとか些細な事に捉われ、他人と比較したり世間の評価を気にする、それがストレスになり心身の調和を失って疲労が重なり体に悪い活性酸素がたまるということになりがちです。日本の為にと追い込まれて自殺した儒教的な円谷選手時代は昔のこと、自分のために楽しむQちゃんやオリンピックで好成績を出すようになった最近の若者は道教的になり意識が変わってきたと云われています。しかし相変わらず日本では制限時間で打ち切り、コースに残った選手を切り捨てる都市型マラソンやトライアスロン大会ばかりです。

競技志向が強くなるとどうしてもトレーニングの時間が多くなり、家族との時間も犠牲になるのではないでしょうか? 家族の理解があると思っていても、気づかぬ内に精神的な負い目となったり、心身のケアが疎かになり、病気やケガを呼ぶ遠因になります。私の場合も心拍数42/分の維持や年代別入賞に捉われていたりでしたが、大震災のお陰でそのトラウマから抜け出ることができました。震災後はトレーニングできる環境がなくなり、そこで体力を有効利用するために兵ト協が引越しボランティアを組織し、1人住まいでお困りの方や高齢者の引越しをお手伝いできました。こうして自己中心型から抜け出し志を高く保つための工夫を日常的にしようとトレーニングの有効利用を真剣に考えました。出来る限り通勤とか近隣の移動にはMTBを利用する。通勤時間がトレーニング時間となり、込んだ電車や車に乗らなくて済み、無駄な付き合いや寄り道もなくなり、不要な情報(通勤中の様々な誘惑なども)に触れる事もなく、バイクに乗ると即仕事のことを忘れアスリート思考(右脳)に切り替わり、都会生活でのバイクの達人になり、汗をかいて帰えってすぐの風呂、軽いストレッチ、旨いビールと食事、そして快眠。これだけで十分に宮古島大会が完走できる体力も維持できてトライアスリートとしての現役を維持。1石何鳥にもなる時間の合理的な有効利用がストレスフリーのライフスタイルとなります。マイカーを持たなくなると年間100万円くらいの節約にもなります。

私がトライアスロンを始めた22年前、ハワイ・アイアンマン5回優勝のデイブ・スコット著「トライアスロン」が唯一の入門書で実に名著でした。例えばトレーニング法や運動生理学など以外に食事の項目では菜食が紹介され、私もサラダ、ヨーグルト、ローファット牛乳、シリアル食を一日一食実践して血液のサラサラ状態がランで体を軽し持久力が生まれることを実感しました。日本に来る外人選手もベジタリアンが多く、彼らの健康管理や競技生活に真摯に取り組む姿勢に見習うべき所がありました。外食文化花盛りのグルメ日本では誘惑が多すぎて、現在の玄米菜食へと切り替えるにはかなり抵抗があり時間はかかりました。特に繊維質の多い玄米を主食にすると排便がよくなりキレ痔が治ったのには説得力がありました。これで体の血液をサラサラにするという意識を持つことは重要な要素で、例外もありますが腸の長い日本人には、体内で腐敗しやすい肉食は控えめにしたほうが良く、血糖値や血圧を自己管理する養生法としての認識が必要だと実感できたのです。外食するとアルコールや糖分の多い食品が多く、油断するとかなり多く摂取してしまうので、血糖値を上げ糖尿が心配です。会社勤めですので外では何でも食べてますが、家庭では有機農法の野菜など共同購入して玄米菜食を中心にしています。

世界で最も料理法が豊富で贅沢なグルメ大国に加え、甘いお菓子、飲み物も多く肥満が増えています。世界中から食料を輸入し、飽食を煽り、食べ残しの生ゴミ大国になり、生活習慣病で医療費無駄使いの悪循環。新しい食品やサプリメントの開発、売らんが為のもっともらしい栄養学がテレビ、新聞や雑誌から流され、私達を洗脳し撹乱します。米国流の栄養剤、栄養補助食品や、一日30品目は本当に必要なのか。健康を害する落とし穴は多種多様でどこで遭遇するか予知不能。不運の事故もあるし、生活環境、人間関係、食事など油断できません。ライフスタイルや運動習慣の大切さを省みず、楽な方に流され、気がついたときには手遅れで医者通い。残業、土日出勤、少ない休暇、そんな事をゆっくり考える暇もユトリもなく、とにかく忙しすぎて大会出場を断念する人も多い現状で、トライアスロンの受難の時代でしょう。だからこそトライアスロン・ライフを実践し健康管理をしてほしいのです。大会に出られなくても諦めずに「健康志向」でRun,Bike,Swimの3種目を日常生活に上手に組込めば、それで十分健康管理でき、いつでも大会に出場できるはず。こうした実践者が増えればライフスタイルの改善や生涯スポーツとしてトライアスロンはもっとも都市生活者向きと評価され愛される時代がくるはずです。
(2005年8月記)

[7]みなさん、国体に参加しましょう

最近はトライアスロンに限らず、スキー人口が一時の3分の1に減っているそうで、それは携帯電話の普及のためだとの説があります。携帯が若者の生活に欠かせぬアイテムとなり、その経費捻出のためお金の掛かる遊びをするユトリがなくなったそうでなんとも悲しいこと。携帯とコンビニにはあまりお世話になりたくない私にとっては理解できないところです。しかし近頃の人たちが厳しい自然との触れ合いや体を鍛えるといった気構えが希薄になったなどと嘆いたりはしません。逆に冬のスキー場がスノボで混雑しなくなったなら、神戸空港から北海道や新潟も近くなったし、そろそろウインタースポーツを再開しようかという気になります。20年以上もトライアスロンと付き合ってきて、耐久競技にも自信がありますし、きっと若い頃とは違う味があるだろうと定年後が楽しみです。

さて、今年は兵庫国体でトライアスロンがデモスポ競技で開催されますが、兵庫県の会員の皆様には特典のある絶好の機会ですので多数の方に参加して頂きたいとおもいます。これを機会に兵庫県協会の会員数が復活してほしいと思います。その追い風のように、年末にはSMAPの二人がグアムで挑戦する番組がありました。内容はともかくスイム、バイク、ランの3競技を続けてする競技である事を影響力のあるスターが紹介してくれ嬉しい宣伝になりました。今年のロタ島でのトライアスロンにも、さる有名な会社の社長が挑戦したとの話を聞きました。過去にゴルフが普及したように取引先の社長がしているからといった動機が何であろうと盛んになってくれれば良いと思います。ゴルフのような環境破壊型ではなく環境保護型の競技であることが理解されれば、トライアスロン人口は増えると確信しています。

そして誰でも最初は競技志向とか頑張りすぎるワナに落ち込みます。そしてケガや病気をして、自分の身体を知り知恵を習得し無理をしないようになります。しかしバイクの事故などは、整備不良など自己責任だとしても、避けられるものなら避けたいものです。私も致命的な事故を避けて来れたのも運が良かっただけの事。健康で長生きしたいと思って取り組んでいる以上、トライアスロンに裏切られたくありません。ケガをして会社を休むと、『因果応報だ、好きなことをして会社に、家族に迷惑をかけている』といったことがあり、それで本当に止めてしまう人もかなりあります。事故はいつでも起こります、ゴルフでも、山登りでも同じで、街で階段を踏み外したりと、生きている限りいつでも起こりうることです。

有酸素運動のお医者さんが薦める代表的な3種目で健康管理に良いといった理解が深まっていると思いますが、トライアスロンになると過酷だとの間違った印象もたれていて普及の障害になっています。こうした誤解を解くためにも経験豊富なベテランたちが普及に一役買ってほしいと思います。高齢者の山登りには、初心者向きのガイドブックが豊富ですが、トライアスロンにも是非必要です。団塊の世代のほとんどは「少し走れば息切れする、マラソンなんてとんでもない」とか、運動経験は球技スポーツしか知らない人、あるいは糖尿、高血圧の持病持ちとかストレスと過労で半病人が多く、とても一人で運動する事に耐える気持ちや習慣がありません。その為にトライアスロンが「自分の体力にあったマイペースで取り組めるエアロビクス運動として、体に負担をかけないゆっくりの泳法を習い、階段の上り下りや歩き、人と話しながら走るLSDの超スローのピッチ走法、持ち運びできる軽い自転車を軽いギアーで乗る利点を知り、上手に生活に取り入れ習慣にすれば、スローなライフスタイルへと改善できる素晴らしい健康法なのです」といってもほとんど理解してくれる人はいません。その意味で、トライアスリートは社会的に特別の人と誤解されていますので、ベテラン達はその誤解を解く義務として、強さの謎?や秘訣やノウハウ、経験を伝える役目を担ってほしいのです。

これまで私はトライアスロンが盛んになって欲しいと思い、クラブ活動で仲間との交流を大切にしてきました。いや、ウルトラマラソンの世界まで知り、不可能だった事を可能にできたのは本当にトライアスロンの仲間のお陰で、そんな出会いがあって、今の自分があるのだから、生涯を通じて付き合っていきたい同志だと思っています。その事を人に伝えたい。その思いをこうして協会の会報に書かせて頂いています。私の所属する兵庫トライアスロンクラブが発足をして今年で23年になり、今は神戸を中心にした活動していますが、すでに高齢化しクラブ員の大会への出場回数は減り、練習会もほとんどなくなりましたが、絆を大切にして夏は集まってビールを飲み、暮れには餅つき大会をし、協会の競技にはボランティアで参加していてます。唯一宮古島大会には多数での参加を目標としていますが、最近は6,7人になりました。

嬉しいニュースですが、団塊の世代定年組の宗政さんが芦屋でアスリートクラブを結成し、芦屋浜でカヌーアスロンやウルトラマラソンや練習会を開催されてます。地域の良い環境を生かして、こうした活動が生まれてこそ同志の交流が熱くなってまた元気になれます。まさに私たちがお互い生かされている事を実感できる大切な活動なのですが、こうしたベテランたちの活動が地域に生まれてこそ、それぞれ経験を初心者に伝えていく環境が生まれます。ぜひ協会会員の皆様も地域のトライアスロンクラブを活性化し、定年を迎える団塊の世代にトライアスロンの良さを伝えていきましょう。2006年2月12日(日)兵庫国体第二回準備委員会(9:00~12:00am)がありますので、ぜひ一緒に加わってください。普及の為に絶好の機会ですので、まずトライアスロン競技を盛り上げで成功させたいと思いますので宜しくご協力ください。

[8]今年の宮古島、そして淡路大会

震災後、縁あってこの宮古大会に参加してから今年で10回目の参加となります(ニュージランド・アイアンマンに途中1度出場)。沢山の友人ができたお陰で毎年キャンセル待ちなどで参加してきました。宮古大会は寒い冬や雨の多い春先に工夫して運動習慣を維持するのに時期的に丁度良く、年に一度は苦しみもがいてロングを走り、完走できれば体力が衰えていないと自己健康診断の目安としてきました。

来年還暦を迎えるので、退職後にどんなライフスタイルに切り替えるか考えています。体力はピークから下降線に入っている老いを真摯に受けとめ、もはや新しい事に気を取られず、これまでの体験で得た事を深めて行きたいと思っています。私の理想は西洋式のジムでのランニングデッキやエルゴメーターでのマシーン・トレーニングより、古武道の杖道練習やヨガ、山登りなど自然に触れ合う事とか、マイカーは持たずバイクかウォークで行動しロング完走の体力を維持することです。そこで昨年の宮古島の後、月1万円の出費を節約するため会員制のジムも脱会しました。

今年の宮古島大会には一度も泳ぎに行かず、ランは週に1度は摩耶山に登る、バイクは土日の雨が祟って3月に2度六甲山に登っただけでした。しかし、こんな状態でも、宮古島の土地が持つ独特のエネルギーと大勢のボランティアや島の人たちの声援に助けられてか何とか完走できる自信はありました。もちろん楽には完走できません。思い切り苦痛を耐え忍んで最後まで諦めずに前進する喜び楽しみ、これは正にマゾヒストに通ずるのでしょうが、この潜在意識に植え込まれた「苦しむ事を喜びとする」超プラス思考こそがトライアスリートのパワーの源であり財産だと思っています。

さて大会当日、穏やかな朝を迎えました、その後にわかに雨が激しくなってバイアスロンに変更になりそうでしたが、スタート30分前にはまた穏やかな天気に戻りました。私もいつもの調子でバトルを避けてゆっくりと泳いでましたが、なぜか1700mの折り返し地点まで時間がかかり、腕時計も壊れて表示しなくなり、これはかなり強い逆潮だから帰路が追い潮で楽になると考えマイペースを維持していました。ところが1700mの折り返しに直前のところで、「タイムオーバーになりましたボートに上ってください」と宣告されびっくりした。周りにも沢山のベテランがいて一緒にボートに上がらされた。今回のように往路で逆潮になるケースは10回のレース体験で初めて、こんな時に1700m50分の規制は厳しすぎる。

「苦しみに耐える一日」の予定が「楽する一日」となり、「10回に一度位ゆっくりしなさい」という神様のお計らいだとプラス思考し、トラ・バッグをまとめ嬉々としてホテルに戻った。洗濯や荷物の整理をすませゆっくりして、ドイツ村の観光も兼ねて、午後よりバイクに乗っていつもは見られないトップ連中のバイクの疾走の姿やマラソンコースでの人々の声援風景を観戦した。ゴールの競技場では、いつもお世話になっているおばあちゃんと一緒に花束を持って友人を待つ間、これほどまでに多数の人が熱い思いで選手の到来を待ち受けているのかと感謝感激させられてしまった。そして約1,300人のゴールを待ち受け、花の冠とタオルを渡してくれる日航の4人のスチュワーデスさんが一緒になって感動して涙を流す美しい姿を見て、「ああなんと宮古大会は素晴らしい」との印象を新たにした。スイムの失敗のお陰で貴重な観戦の一日となり、のんびりと宮古島で過ごす事が出来た。しかし来年の還暦を10回目の完走にするため大会前にせめて2、3度ロングを泳いでおきたい。

今年は医療班の歯医者さんと話す機会も得た。ご自身も隔年で参加されているアスリートなので、トライアスロン選手の中には健康管理が無茶苦茶な人とか血栓を持った人が結構いるとか、島の人々の中にもレースに対して無理解な人が多いとか話が面白かった。大型台風の被害が多い宮古では、本土からの緊急支援が当てにならないので、トライアスロン大会で組織した医療チームの経験が役立っているとか。22回の長い実績を持つ宮古大会医療グループには伝えたい貴重な話が沢山あるとのことで、本土の医療関係者との交流を希望されていました。その宮古島大会も存続が保証されているわけではありませんが。

参加させてもらう立場からするとどの大会も出来るだけ長く続いて欲しい。寂しいことですが20回目のオロロン大会が今年で最後になるそうです。財政難に加え、住民の高齢化、大会を支える2000人ものボランティアの確保難、大会予算は約2800万円で、ほぼ半額を市町村が負担、残りは選手の参加料や協賛金でまかなっているとか。淡路大会も今年は兵庫国体として開催されますが、来年以降は企業の協賛を得られれば存続可能ですのでスポンサー探しの強力な助っ人が必要です。超党派でトライアスロン議員連盟(仮称)が結成され、国体正式競技に向けて結束していくことが話し合われたとの話ですが、期待したい。

最近神戸空港へと海底を通るポーアイランドへの道路が開通したが自転車を排除した道路つくりになっているので、私は会社までかなり迂回して行かねばならないといった残念ながら日本の現状は車優先の都市開発がいまだ進行形だ。環境先進国のヨーロッパのように自転車を持ち込めるニュートラムを採用し、都心からマイカーを締め出して自転車が快適に乗れるようにするなんて夢のような話。ツール・ド・フランス,ジロ・デ・イタリアのようなバイク競技が開催されるとか、そして勿論トライアスロンがどこでも気軽に開催されるようになって欲しい。嬉しいニュースでは来年2月に制限時間7時間の東京マラソン2007が開催が決まりました、これを突破口に大阪、神戸や全国各地で同規模のマラソン大会が開催されるようになれば嬉しい。そしてマラソンブームが復活し、都心でのバイクレースやトライアスロン大会の開催の規制緩和へと繋がればと思う。 (2006年5月記)

[9]自転車通勤の極意

昨年末の停年退職までの23年間あまり、すなわちトライアスロンを始めてから私は通勤に自転車を活用した、通勤時間をトレーニング時間するなんて、これほど無駄のない有効な時間の使い方はないと考えた。この頃は東鳴尾の武庫川の近くに住んでいて会社まで20キロほどあり毎日ではなかったが、現在の阪急六甲に引っ越してからの16年あまりは雨の日以外ほぼ毎日自転車で通勤した。距離は片道6キロで往路は軽い下りゆえ、夏でもあまり汗をかかない私は会社で着替える必要はなかった。年に1度参加する宮古大会が4月にあるので、冬の寒い日は早めに家を出てランかウォークで通勤した。

通勤時に自転車を使用し事故が起こった場合は勿論すべて自己責任とするのは覚悟の上である。ロードレーサーに乗り始めた最初の頃、お年寄りに接触してケガをさせてしまい、救急車を呼んで入院して貰った事がある。誠意をつくしありがたいことに後遺症も残らず無事退院されたのと、偶然かけていたバイク保険で全額出たのは嬉しかった。この事故を教訓にして出勤する時は、「事故は起こしません」と心に暗示をかけるようにしたが、忘れた頃にまた転倒しケガをした事が数度ある。一度坂を下っていた時に前を走る子供が急に回転ストップを掛けて私のコース上で止まったので、前輪部分に直撃し私は彼の上を空中回転して落ちたことがあった。この時も大したケガも無くすんだが、事故とは避けられないもの、小さな事故の体験を積んで大きな事故を起こさぬ知恵を授かるのかもしれない。

こうしたリスクがあったとしても、通勤自転車にはあり余るメリットがあって止められるものではありません。日常的にバイクに乗ることは、単にトレーニングや老化防止になるだけではなく、精神衛生上のメリットが抜群です。まず毎日の煩わしい通勤電車に乗らなくてよいのが最高にありがたい事。1分2分を争って電車の時刻通りに家を出る必要はなく、人ごみのする電車の吊革をもって車内広告からの無駄な情報に触れることもなく、痴漢に間違われることもなく、通勤途上の様々な誘惑と戦う必要もなく、通勤費も不要であり、季節に合わせたおしゃれ着に余計な経費をかけたり、気を煩わされることもない。家を出て一度バイクに乗ってしまえば、瞬時に五感が開いて気分はアスリートに変心し身がひきしまる。ハンドルを握った手に体重を掛け、腹筋を絞めストップ&ダッシュを繰り返し、上り坂で足腰を鍛え、下りカーブのコーナリングにスリリングな緊張を味わい、天気の良い日はサイクリング気分で自己満足の右脳世界に浸る。動体視力、とっさの判断力、野生的な運動神経の維持が若々しい心身状態を保ってくれる。都会のジャングルの中を颯爽と走りぬけ、会社に着いた時は目も覚めて爽快な気分で仕事に掛かれる。

帰宅時も、会社で嫌な事、失敗した事、難題が降りかかった時など、バイクにまたがって自宅へと走り始めれば、帰路もおなじく頭の中のスイッチが切り替わり、プラス思考がマイナス思考を掻き消してくれ、アイデアが降りてきて難題も解決、瞑想状態に入りエンドロフィンが出始めれば痛んだ胃の痛みも薄れるといったことが日常化します。それが通勤電車となるとそうは行かない。まず駅の繁華街に近づくと飲み屋の看板、好物の匂い、帰りに一杯というお付き合い、美人に眼が行く、ブックショップにも立ち寄りたくなるといった誘惑が多い。電車に乗れば周りの状況に心が奪われるし、読書は集中できない、子供・年寄りへの気配り、車内広告にも心を奪われる。こうした事を日々合算すると、どれほど無駄なことに大切な時間を奪われていることか。

まだ子供が小さかった頃は東鳴尾に住んでいた。夫婦共働きゆえに子供が家で待っていると考えるとバイクに乗っていてもその事で頭が一杯になる。今日はどんな楽しいことをしようか、晩御飯のメニューが頭にうかぶとスーパーによってお惣菜を買って帰り料理を作ることもあった。バイクでもランの時でも、体を動かし始めると肉体の刺激が左脳中心の思考回路から右脳のイメージの世界に入っていく。正に瞑想状態の誰にも干渉されない時間はバイクの乗り方とか走法とか姿勢、食事法、健康法について常に考えて走るのが長い習慣となり、いろんな企画をしたり文章が書きたくなる訳である。サラリーマン・ライフの貴重な通勤タイムが、なんと言っても「行」としての心身の試練を味わえただけではなく、自己との対話の至宝の時間帯になったのはなんと幸運なことかと思います。

幕末の儒学者、佐藤一斎の「心志を養うは養の最なり、体躯を養うは養の中なり、口腹を養うは養の下なり」という言葉があるそうですが、これを私流に解釈しますと。 厳しいトレーニングの後ほど食事が美味なことはない、空腹は最高の味覚であり、どんな粗食でも有り難く頂ける。そんな事よりトレーニングが日常化すれば、生活習慣病の予防になり元気で健康な心身を得られ老化防止になる、しかし最なるものは、こうしたトライアスロン・トレーニングに打ち込むことが出来る日常生活に感謝し、心身を養い精神面の充実を得ることである。物好きにも趣味で苦しいことが大好きな私達は世の中でも少数派のようで、よほど前世でも修験道者か武士か探検家で生命力が旺盛で苦行のような事をしていたのか、孤独に自己鍛錬に励む精神性の高い人種なのでしょうか? こんな素晴しい心志を養うトライアスリートが集まってきた兵ト協に感謝しつつ、さらにもっとトライアスロンが普及し人気競技として盛んになって欲しいと願っているのです。
(2007年3月記)

[10]トライアスロンを人生の黄金期に活かす

五木寛之の「林住期」(幻冬社)によると、50歳から75歳までの25年間を「林住期」とし、社会人としての務めを終えたあとすべての人が迎えるもっとも輝かしい「人生の黄金期」と書かれていますので、まだまだ老いるという言葉と無縁な気がします。しかし周りを見ると同世代でかなり老いの進行した方がいてびっくりします。定年後の生活設計を見据えて、頑張らず適度な緊張を持続する程度にやってきたお陰で、この4月の宮古島では10回目の完走を果し、宮古の定年の65歳までは続けたいと決意を新たにしました。トライアスロンは都市型生活の理想的健康術だとの再確認もしました。

太く短く華々しく生きるのか、細く長く堅実に生きるのか。私は後者のタイプでやってきて今年1月に60歳定年を迎えました。トライアスロンの3種目は遅筋・持久筋を開発する健康法として生まれて来た訳ですから、「カメさん」のようにを走る人生観を持った人が多いと思います。と言っても、私も最初は競うのが好きな「ウサギ」さんでしたが、震災を境に焦らず、競わず、比較せずの楽なカメさん型に人生観が変わり、会社勤めを終える60歳までは年に1度の大会だけでも続けようと思って、宮古大会だけは参加してきました。老いてもボケることなく寝込むことなくピンピンコロリと死ぬまでトライアスロンができれば嬉しいことなので、生活の中で3種目を上手に生かせるライフスタイルを考えてきました。

こんなカメさんトライアスリートであっても、世間では毎日何時間もトレーニングに費やし、年に何度も過酷な競技に挑戦する異常な体力の持ち主と見られているようです。私の家(神戸市灘区)の周辺は坂道が多く自転車で走り回っている人は確かに非常に少数です。MTBに乗って、例えば東方向へ六甲から三宮、西方向では芦屋へ、電車、マイカーでの移動と時間差なく行けます。重たい荷物がある時は、登山用の背負子を利用して担いで帰ってきます。農業を営む人が、老いても畑を耕すように、都市で楽しく元気でお金の掛からない生活をを営むためにMTBを足代わりにしているだけです。こんな健康に良い合理的なトレーニングなのにマネする人が出てこないのが残念でなりません。最近のMTBは安いし、パンクもほとんどないし、修理も簡単、前3段と坂道を登るのも楽にできているなど、便利で最高のツールだと思う。

昔は重たい自転車を押して豆腐を売ったり、牛乳を配達したりするのが当たり前だったのですが、車社会になっておかしくなりました。私がマイカーを持たない理由は数々あります。

・ 会社勤めだと土日しか乗ることはないのに駐車場が必要、このダブルの損失
・ 近い場所でも、どこへ行くにもマイカーに頼る悪習慣が生まれる
・ 警察官や道交法など意識しなければならない、ネズミ捕り、駐車場探しなどトラブルに巻き込まれる、高い探知機が買える人買えない人、これって変だよね
・ 人格が変わる。「チョットの接触事故でも「すみません」と先に謝った方が負け」
といったことが常識になっている、日本人として恥ずかしいよね
・ ガソリン代、保険代、高速道路代金その他経費が掛かりすぎる
・ 渋滞が嫌い、時間的ロスが多い、本が読めない、眠れない等

その点、自転車だと駐車場さがしの煩わしい問題がないし、環境保護に貢献してるし、 欧州の都市のように市内をマイカー規制しても影響も受けないとメッリとが多いのに、 日本は自転車を社会に活かす方向へ改善する努力をしない。だから、こんな車社会と関わりを持たないほうが気持ちが良いという信念が生まれる。どうしても車が必要な時はレンタカー、タクシーを使うようにしていますが、めったにありません。

いかに車に頼らないか、そしてランや自転車をいかに活用するか考える習慣が身につくと、筋金入りのプラス思考人間になります。「MTBを上手に活用するトライアスロン・ライフは、今後の年金暮らしにとってお金を使わず体力や運動神経を維持する健康法となんだと」軽い気持ちなんですが、周りの人は「元気やな」とびっくりされます。しかしここで有頂天になると落とし穴にはまり自滅しますので、ケガや事故に対する警戒心を怠らぬよう平常心を養う注意をしています。

そこでロードレーサーの保守点検・整備は事故防止の鉄則ですが、忙しいとつい警戒心が薄れ後回しにしてしまいます。日頃は物置に保管してますが、レース前の2・3ヶ月前に出してきて、しっかりチェックします。怖い乗り物だと思っていますので、乗り始めはいつも億劫になります。従って、競技指向型のツーリングや実力差がある人との練習や集団走行はしません。相手に合わせマイペースを守れないので集中できず事故に繋がりやすいからです。熟知したお気に入りのコース以外で乗らないようにします。 私の場合、表六甲ドライブウエーを記念碑台まで登り、時には芦有までの走り、タイムを測って記録します。

宮古からの帰りの神戸空港から、バイクの入ったダンボールを輪行しポートライナー、阪急電車を乗り継いで帰りました。これもトレーニングチャンスを生かし経費節減でき、輪行ノウハウの体験学習、そして老化防止策になります。折角辛くて厳しいレースを完走してストロングマン称号を得たのですから、これくらいのことは実践しなければと思っています。疲れたら上手に休息して回復させる、こうした事も場数を踏むと知恵になり、また現役主義をまっとうできる信念が養えます。サラーリーマンだ、都会生活だからといって妥協したり、世間の目や常識を気にしていては、大切な事を見失ってしまいます。自分らしいスタイルを追求するには、天上天下唯我独尊で良いと思う。

例えばランの練習の場合、スポーツウエアに着替えるのが邪魔臭かったら、普段着で走りに行けばよい。私の場合、時間を決めて毎日規則的にとか定期的に練習するのが嫌いなので、買い物や、人に会いに行く時など日常生活の移動をすべてトレーニングチャンスとして生かす、つまり季節に合わせて必要な肉体労働をする百姓的ライフスタイルが望ましいと思っています。しかし通勤バイクは毎日乗っていたのですから、これでは運動量がちょっと少ない。そこで短時間で帰ってこれる山登りを加えます。有り難いことに近くに歴史的に由緒のある摩耶山の青谷登山道があり、その中腹の不動の滝まで週に2・3回ほど行くようにしています。早朝ならラジオ体操をする元気なお年寄りに出会える往復2時間ばかりのコースで、鳥や花、木々そして猪と四季折々の自然に触れることもできて、時にはご来光も見れますのでトレーニング環境には大変恵まれていると思います。
(2007年5月記)

[11]田山さんワールドカップ優勝とYao Logic

テイケイの田山寛豪選手が12月1日のイスラエルでのワールドカップ・エイラート大会で優勝したとのJTU(社団法人日本トライアスロン連合)からのメールが入って、私は嬉しくてすぐに仲間にメールで伝え、自分のことのように喜びをかみしめた。昨年に協会が20周年を迎え11月17日には設立記念パーティが開催され、八尾監督は末松会長はじめ多数の来賓の前でプロジェクターを使って活動を紹介し愉快な話で会を盛り上げてくれました。そしてなんと北京オリンピックでの田山さんの金メダル獲得を高らかに宣言されました。その直後のワールドカップで見事に田山さんが優勝してしまったのだから、やはり相当自信を持った仕上がりだったのでしょう。

兵庫県川西にテイケイあり、八尾監督、所属選手、スタッフや家族と共に地元兵庫で長年兵ト協(兵庫県トライアスロン協会)の活動を支援してくれた仲間ですから、私たち役員としてこれほど嬉しいニュースはありません。同大会では女子の井出樹里(TEAM KEN'S)も2位でゴールし、猪谷会長以下JTU役員の皆様も飛び上がって喜んでおられることでしょう。これでマスコミやスポーツ界からも注目度は一気にアップし、同時に21世紀のスポーツとしてトライアスロンの普及と人気に弾みがついて欲しいものです。

しかし田山さんは優勝後のインタビューで「練習もハードだったが、何よりメンタル面を強化したのが勝因」と語ったそうですが、技術的なことだけでは厳しいトライアスロン競技の世界で結果を出せません。人を指導するということは本当に難しいことですが、生活を共にし選手の資質を引き出し育てる、日常生活全般の精神面や食事などの管理や指導も八尾さん自身が精進し自らも厳しく磨いてきた賜物だと思います。小原さんはじめすばらしい選手や人材が八尾さんの下に集まってきて成し遂げた大仕事でもあり、大いに敬意を表したいとおもいます。

その八尾さんのYao Logic紹介のDVD「2軸トライアスロンで楽に速くなる」がトライアスロン誌から発売されていますが、この機会にトライアスロンだけでなく他の競技からも注目されて欲しい作品です。彼自身が監督兼選手としてトライアスロンを長く実践してきた知恵の集大成で、私たちも悩まされた旧来のトレーニング理論の誤りをきっちりと正し、丁寧に判りやすく解説した優れものです。疲労性のケガや慢性の持病の多い人に、そして定年後の生涯スポーツとしてこれからトライアスロンを始める方の入門書としてもこのDVDは必見です、私たち段階世代の間違った古い固定観念を一掃し正しい方向に導いてくれますのでぜひお奨めです。

トップアスリートの世界で他にどのような理論があるのか詳しく知りませんが、私自身が大切にしている健康管理の視点から、八尾さんのトレーニング理論は生涯スポーツとして安全で健康的なトレーニングを阻害しないために有効だと思っていますが、一流の選手にとってもそれは同じでしょう。その点で八尾さんの2軸理論の普及に拍車がかかれば良いと思います。

このDVDで八尾さんは「こどもの時は自然に2軸を身につけていたのに、大人になって1軸になる」と語られているように、私も「子供の頃は運動靴がつま先が開いてぼろぼろになるまで履きつぶした」ことを思い出して、古武道の姿勢を参考にし改善されたこと」をこのシリーズの第3章「ナンバについて」で書きました。この時に私は武道の腰・腹文化やナンバの体の使い方を参考にしました。戦国時代の武将は正に太刀、槍、弓、体術、馬など武芸十八般を命がけで朝鍛夕錬していた訳ですが、その体術の中に真髄があって当たりまえでしょう。戦後この古武道の知恵が簡単に失伝してしまって、ヨーロッパ型の運動理論に洗脳されてしまったのは誠に残念なことです。

剣道もスポーツ化し、審判制度を採用して可笑しくなりましたが、柔道もオリンピック競技になって変わってきました。古武道界でも黒とか白帯の段位は単に集金目的になってしまい、華道、茶道の家元制度のように名誉欲を満足させるだけのものになっています。ある柔術の流派にはヨーロッパ各地に1000人近い弟子がいますが、彼らは宮本武蔵の五輪書を読み、日本文化や武士道精神に憬れて昇段試験を受けに来日しますが、宗家は立派な方ですが日本の弟子の数は減る一方と情けない状態です。武士道精神などの日本文化に否定的な時期が戦後長く続きすぎた影響が大です。

気功、太極拳は中国武道であるはずですが、経歴の浅い人が健康法として高い受講料をとり間違ったことを平気で教えて。日本の古武道では免許皆伝して初めて指導を許される訳ですから簡単に指導者になれません。そうした方は日本の伝統文化を受けつぎ後世に残すという使命感や誇りを持っておられる方が多く、歴史や古典に詳しい優れた指導者がたくさんいます。そうした人ほど「武士は食はねど」で、清貧を大切にし世に出てこられないジレンマがあり残念なことです。

こうした環境の中でも日本の悠久の歴史で育まれた古武道文化はそう簡単に廃れないのでしょう。古武道の知恵が徐々に日本のスポーツ界に復活し始めています。その代表的なのが甲野善紀のナンバとして有名となりましたが、Yao Logic2軸理論も日本人古来の体術の知恵、根幹である腰と腹の使い方、自然体の構え上半身の脱力など日本文化の知恵が生かされています。アスリートには膝の故障の方が多いですが、西洋化した住宅で椅子に座ることが当たり前になって畳の間での生活が失われたのが原因ではないでしょうか?正座はヨガの金剛座と言われるほど価値のあるもので、膝の強化やケガの防止にもストレッチとして失いたくない生活作法であり、日本の誇るべき畳文化ですので和室空間が見直されるべきでしょう。

最後にもうひとつ嬉しいニュース。村上春樹の「走ることについて語るときに僕の語ること」を読まれましたか?これはエネルギッシュに作品を生み出す村上春樹氏の鉄人的な著作活動の秘訣が明かされ、なるほどと私たちトライアスリートと人生観を共有できる内容でした。ほぼ毎日10キロを走り、週3回のスイム、夏はバイクを加え村上大会やNY、ボストンのフルに挑戦してきた生き様、その日常生活やトレーニング法の詳細が記述され、刺激の多い本でした。「ハルキストの1%でもトライアスロンを始めてくれたら」と期待したいですが、今年は兵ト協の流れも上向きなのできっと良い年になります。 (2008年3月記)

[12]転機を迎えて

今年は淡路の大会がJTU(社団法人日本トライアスロン連合)の主導により新しい展開で始まります。
「2008ジャパンアクアスロンオープン淡路島大会」と「Try! This! Tri! だれでもできるトライアスロン」の二つの新しい競技で9月21日(日)に開催されます。丹波市ファインキッズトライアスロン大会も、今年は早々と受付の準備が整い5月25日に開催されますので、会員の皆様には是非スタッフとしても協力いただきたいと思います。

さて私事ですが、この4月の宮古島大会を初めてキャンセルしました。5月に来日するチェ・ゲバラの娘アレイダさんの関西での3日間の講演準備のお世話をすることになったからです。私は1968年から71年までの学生時代3年間キューバとの友好運動に関わっていました。最近医療や有機農業についてキューバがマスコミで紹介されることが多くなっています、なかでもマイケル・ムーア監督の「シッコ」でキューバの医療が紹介され注目を浴びました。そんな事で今年2月にキューバの医療施設見学ツアーが組織され、私も38年ぶりに再訪することになり、その流れでアレイダさんのお世話を引き受けることになったのです。何が起こるか本当に予期できないものです、人生の転機の訪れとはこんなものなのでしょう。

4月の宮古島大会は転勤や配置転換など諸事情で出場できない人が多い中、私が毎回続けて出場してきたことは恵まれた環境にいたと思います。会社勤めをしつつ25年もトライアスロンを続けて来たことにより、定年後の第二の人生に役立つことを沢山身につけました。継続してきたからこそ力なっていると思います、例えば、少しばかり練習をしなくても、またいつでも復元できるといった自分の身体への信頼を持ち、焦らずに今を大切に生きれるようになったことです。水泳、歩く、走る、自転車に乗る生活を日常実践していくにためにも、常にプラス志向で前向きに生きるという思考パターンを習慣づける必要がありました。

サラリーマンの現役時代に肉体と精神面を調和よく鍛えてきた人と、何もしていない人との差は大きく違います。定年になって周りを見回すと運動経験の少ない人は肉体疲労を避けようとする傾向があるように思います。逆に経験の豊富な人は身体を動かすことによって精神疲労が消せることを体験上分かっています。残念ながら私の同世代の人たちは、食べたり飲みに行ったりすることでストレスが解消すると思っている人が結構多く、「美味いもの食べるのが唯一の生きがいや」といった人の体つきを見ると生活習慣病になって当たり前だと感じます。私たちトライアスリートは身体を動かすことで解消する術を知っているわけですから、健康面では大きく違ってきます。

しかし、定年まで運動経験の少ない人でも何かのきっかけで、少しずつでも運動を始めると1年くらいでその効果が現われ、フルマラソンに参加するようになったり、信じられないくらい元気になる人がいます。体細胞が蘇ってきて、筋力も付き姿勢が変わり、顔艶が良くなってシワがなくなる人がいます。ところが、こんな人でも、運動経験が少ないと少し無茶をして膝や腰を痛めたり、ケガをすると医者にストップをかけられ、そこで動くことが億劫となり元の黙阿弥となってしまう人が多くいます。やはり、若いときから継続してトレーニングをしてきた人は、運動を続けつつ身体の使い方を変えて回復させるような体験学習を積んでいます。

年と共に忍び寄る老化にたいして肉体的トレーニングだけで体力は維持できません。心の状態を健康にしていなければバランスを失ってくるでしょう。そんな時に思い出すのがサムエル・ウルマンの青春という詩です。「青春とは人生の一時期のことではなく心の持ち方をいう・・・・たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。青春とは人生の深い泉の清新さをいう。青春とは臆病さを退ける勇気、やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する・・・・年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときはじめて老いる・・・・」は良く知られていますが、トライアスロン協会のような社会的に有意義な活動に参加し、仲間とともに子供たちの成長を見守ることも楽しい生きがいになっていると思います。
(2009年)

[13]ピンチをチャンスに

昨年はとんでもない年だったですね。思いもよらぬことが次々に起こって明日はわが身かと、私自身も不安な気持ちになるような変化の年になりました。会員の方にも大変な状況に追い込まれた方もいらっしゃるかもしれません、中でも兵庫県のトライアスロン界では信じられないこと、チーム・テイケイの廃部がありました。田山さんにとってはメダルのチャンスだったのに、なぜオリンピックが終わるまで待ってくれなかったのか、とショックは大きかったですね。その背景には2008年3月にチベット僧侶のデモによる抗議運動、そして中国の弾圧、大規模な暴動に発展、多くの死傷者。これにより以前のモスクワ・オリンピック時のような緊張感が流れ、北京オリンピックのボイコットに発展するような気配が生まれたことなどが要因のようです。

昨年4月末に「チームテイケイが廃部になり合宿所を出るから引越しの支援を呼びかけて欲しい」と連絡がありびっくりしました。その後、協会では猪名川町の活動拠点を失ったチームテイケイの練習活動を支える浄財を募る募金活動「旧チームテイケイ支援基金」の取り組みを始めました。こんな状況でオリンピックの準備ができるわけがないだろうにと同情してしまうのですが、八尾、田山両氏は何もごともない様に、壮行会も普段どおり振舞って元気に北京に出かけましたが、そのトライアスリート魂に感動させられました。

その後、中国政府は上手く事態を切り抜けてボイコットには至らず、開会式では80カ国の国家元首を集め、古代中華思想を見せつけた演出で中国の力を誇示し、メダルの数でも結果を出して、何事もなかったように無事終了しました。しかし大会前の実情をしっている私たちには「田山さんが日ごろの実力を発揮できるなんて期待する方が無理だ」と分かってました。しかし日本選手権では3連覇し見事に復活し本当に私たちを安心させてくれました。嬉しいことにこの廃部のピンチに八尾さんは地域密着した活動をしていくと宣言してくれています。 是非協会や地域のクラブとも連携して兵庫県トライアスリートのレベルアップと普及につなげるチャンスにして欲しいと思います。

昨年6月友人夫妻が街中で軽自動車に乗って走行中に後ろから居眠り運転の大型ダンプに当てられ炎上即死しました。運転手は名古屋から神戸に長距離運送で朝方到着したばかりで過労から眠気が来たのかもしれない。多分こんなことは日本全国日常茶飯事で起こっているに違いない、産業優先の道路行政が生んだ解決不能の事故として「運が悪かったと諦めるしかない」で終わらせて良いのでしょうか。「生涯の健康のためにトライアスロンの普及を」と願ってこんな文章を書いていても、こんな事故で殺されて「寿命だったのよね」と忘れられてしまうと思うと悲しくなってしまいます。

アメリカ型大量生産・大量消費、カジノ金融、新自由主義、グローバニズム、軍事優先、ドルの一元支配が崩壊しました。それに追随してきた日本は大いに反省する機会として車優先のライフスタイルや都市計画を見直すよいチャンスでしょう。私は神戸という坂道の多い街でマイカーを持たず30年近く自転車を主体とした「エコ&スローライフ」を実践してきて、その視点から自転車を都市交通の主役にする街づくりなど提案しています。

(このことはすでに何度か書いてきたので繰り返しません。)
さて、昨年からコナミ・スポーツでJTUの法人会員利用が可能になったお陰で協会の会員も増える傾向にありますが、今多くの団塊世代の方々が定年になって新しいライフスタイルへの切り替え中だと思うので、ぜひこの特典を知ってコナミに入会し、トライアスロンに挑戦して欲しいものです。JTUも全国の協会も、入会した人が挑戦したいと思うような魅力の多い大会や啓蒙活動を全国で展開して欲しいです。

コナミに入会したけど、車で通って「毎日お風呂代わりにプールでダベッテいます」では困ります。私が行くジムは家に近くて便利なのですが、老人ホームのような雰囲気が嫌で一昨年春に退会しました。ところが水泳をしなくなって体調を崩してしまい、昨年暮れに再入会しました。これで一度身についた運動習慣をストップすることが、いかに変調をきたすかという事が身にしみて分かりました。さらに昨年は宮古大会も多忙でキャンセルしてしまい「完走が目標だけでも参加して肉体の限界に毎年挑戦してきたことは、肉体に厳しさの記憶を焼き付けることになる、その記憶を毎年更新することが、精神力を維持するのに役立っている」ことが良く分かりました。

ですから自転車かランでコナミに行き、コナミのトライアスロン同好会(もしあれば)に入ってもらって「10キロが走れ、1キロを続けて泳げるようなライフスタイルへの変革」を指導して欲しいものです。60過ぎてからでも有酸素運動を主体とする運動習慣を身につけることがどれだけ健康増進に役立ち、さらに無理しないで大会に挑戦することが運動を面白く持続し、心身が若返ることを知って欲しいですね。

老化は守りの姿勢から始まり、弱気になって新しいことに挑戦しなくなります。弱気になるとイメージする力も衰えるのでしょうか。例えば100年前の日本人生活、車のなかった時代、世界中の貧しい人たちの生活をイメージすれば、いま日本人の生活がどれだけ恵まれているか分かります。しかし現状しか考えない守りの姿勢の人が本当に多く弱気なことを口癖のように唱えています。 こんな「弱き老化症候群」に油断するとうっかり感染しそうになります。 こんな風潮の中で兵庫県にトライアスロン的ライフスタイルの新しいスポーツ文化を育てようと八尾さんのチーム・ブレイブが誕生したことは正に朗報です、皆さん注目してください。
(2009年1月記)

[14]スイムもナンバで

今回はスイムを楽に泳ぐためのナンバについて初心者向けの内容で久しぶりに書いてみます。私自身それほどスイムは得意ではないですが、25年以上トライアスロン大会に出場してきてスイムの安全と健康第一にはやはり「ナンバ泳法」だったからです。

トライアスロンは、やはり無理せず楽に気持ちよく取り組めることが健康に一番です。例え自己流になっても気持ちよく泳ぐためにはストリームラインの改善と呼吸を楽にすることが大切だと思います。どんなに時間をかけて練習しても猫背や硬い足首、折れ釘のヒザで泳いだのでは楽に泳げるはずがありません。足首を柔らかくし、背筋をまっすぐに伸ばし、肩を緩めて腕が耳に楽につき、気持ちよくまっすぐに指先を伸ばす身体にすることを目標にヨガに取り組んでみました。足の指を後ろから引っ張られるように後方に伸ばして「ああ気持ちが良い」とストレッチします。

右手を前方に伸ばすときは右足を同時に後ろから引っ張られるように伸ばす、すなわちナンバ。右手と左足という交差の動作はありえないし、身体の軸がずれるから要注意。気持ちは「あくび」をするように手足を前後に伸ばし、一番手足を伸ばしきったところでローリングをいれてポンと緩めます。すると手足は縮まるので、その縮まる方向で足を蹴り下ろし、前方に伸ばした腕も緩んで縮まる方向でスカルしながら手前に引き胸から腰に一気にプッシュする。緩める動作と力の方向が同じになるので、力で少なくてすむ。ローリングはハイエルボーで腕の回転方向が楽にするためで、身体機能から考えると分かる。無理な方向に動かすと緊張し血液の流れが滞る、泳いでいる間どれだけ筋肉が緊張せずに緩めているという意識が必要。(足は大臀筋という大きな筋肉をバタバタと足を上下する使い方はエネルギーを浪費する。) 身体の下に座布団を半分に折って敷き、うつ伏せになってすると腕が回し易くなりますので、プールに行く時間がない時、寝る前や朝おきる時にできます。

子供の時から泳いでいる人は足首が柔らかく魚のように動かせるのでキックは、魚のヒレのように美しく効率の良い動きをしています。私の足首は硬くてまっすぐ伸びないのでブレーキになる、肩も体幹もゴツゴツで硬いから軸がぶれる、そんな身体で泳いでも効率が悪いだけですから、リハビリと思って少々痛いのを我慢してヨガの教室に通い、足首から肩や腰を伸ばすことにじっくり取り組みました。やはり自分でやろうと思ってもなかなかできません、月謝を払わないと続かないものですね。

健康法の視点からスイムを考えても、気功のような呼吸法を泳ぎに取りこむ事だと思います。なぜ長い時間泳げるか、それは呼吸が安定するからで、その為にはいかにリラックスしているかを意識する必要があります。これは腹式呼吸など「吐く息を長く」の基本通りに、顔が水の中にある間に鼻から息をゆっくり出して、水面に上がったら「瞬時に吸う」を意識します。次に有酸素機能を開発する最も大切なポイントはランの「ゆっくり走れば早くなる」と同じ、水泳でも「ゆっくり泳げば早くなる」は一緒だと思います。僕がこれまで一番良い記録で泳いだのは、24時間泳の大会に出場したすぐあとに参加した小豆島のトライアスロン大会でした。  24時間泳は6人で参加して1時間を4回泳ぐだけですが、これは大変よい練習になった訳です。 この時の体験で分かったことはトライアスロンのスイム練習で肝心なのは、参加する大会の距離をマイペースでゆっくり泳ぐしミュレーションを繰り返すのが一番だということでした。50Mダッシュを10回とかインターバルでタイムを計って泳ぐような練習は若い時だけで十分。老人になっても若い人と競うなんて気持ちは捨てましょう。高齢者は長い距離を楽に泳げるようになってから、タイムを徐々に早くしていけばよいと思います。スイムの有酸素機能を開発・維持すること、それには30分から1時間くらいゆっくり泳ぐことが一番健康に良い方法だと思います。

長い距離に慣れることは、ランで起こるファアースト・ウインドやランニング・ハイのような循環器系の生理的変化をスイムでも体感し、魚気分になれる楽しみを味わい、且つ心身相関に良いということを考えることだと思います。競技時にパニックになっても、ゆっくり呼吸して体を浮かせ、体調を整えるようなゆとり、ケイレンが起こっても平然としておれる自信を日頃から養っておくことが大切だと思います。トライアスロンのスイム事故は、やはり自分にも起こって欲しくないですよね。血栓や梗塞といった血管が詰まるということが起こると一番怖いわけですから、安全第一を考え、スタート直後のバトルを避け、体温があがり、呼吸が安定し、血液の循環がファアースト・ウインドになるのを待って、時間内に泳げるようにスピードを上げる。生涯スポーツとしてのトライアスロンは健康のためなんだからと自重し、特に太り気味で血圧が高くなってきたと思ったら、よくよく「ゆっくり頑張らない」でいきましょう。
(2009年)

[15]トライアスリートの菜食主義

37歳のトライアスロンを始めた頃、アイアンマンを6回優勝したデイブ・スコットはカリスマ的存在で、原書房の「トライアスロン」を愛読し、特に彼の菜食主義に注目してました。その影響で野菜サラダをよく食べ、血液にサラサラ感が増すことが分かりました。良いと分かっても菜食主義者になりたいとは思いませんでした。
トライアスロンのトレーニングを開始すると、高校時代の部活後の空腹感を味わえるようになりました。「空腹は最高の味覚」と言われるよおに何を食べても美味しくて、ビールも最高、焼き肉やステーキ肉を買ってきては自分で調理して食べるのが楽しみになりました。そして体力・気力も旺盛になりスタミナも筋肉も付き、考え方も積極的になるなど周囲の人たちの評価が変わりました。
入社当初は運動が苦手な人と思われていた筈ですが、トライアスロン大会に参加を続けている内にそんな過去のことはまったく忘れられて、別人のように見られるようになったのには、面白い変化でした。
しかし10年後の47歳の時の阪神大震災が転機になりました。ハイカラな外人臭い街、神戸で生まれ育って、洋食、中華料理から神戸ビーフ、ケーキなど美味しいものは食べ尽くしたと思いました。食に関しても日本の様々な伝統文化のほうに気持ちが向き始め、日常身近な物に興味が沸いて来ました。健康管理のためには持久筋や有酸素機能を維持していくことは大切です。トライアスロンは一生現役でいたい、しかし他にもっと大切なことがある、だから競技出場は年一度だけにし、それも完走できれば良いと思うようになりました。
トレーニング量が減ると、当然食べたり飲んだりの興味が薄れてきました。「空腹感のない時は無理して食べない」が鉄則になり、玄米中心の生活になるとその傾向がさらに強くなり、その内に胃が小さくなってきて、さらに少食になり、食べたものを効率よく消化する身体になった気がしました。世間で言われる1日3食の洗脳から開放されると気持ちが楽になります。やっと競技から遠ざかるようになって、菜食中心の食生活になれたわけです。勿論肉や魚に未練がありますが、もう以前のような馬鹿食いはせず、少しで満足できるようになりました。
野口法蔵という人をご存知でしょうか。ヒマラヤ奥地のチベット仏教の僧院で3年間、食事は大麦粉とお茶だけで座禅瞑想の生活をされ、夏でも夜はマイナスの気温になり、冬は零下40度の気象条件のなかで厳しい修行をされたとのこと。ここの僧侶たちは10歳を過ぎて僧院に入り、栄養失調にもならず一切の病気にかからず、平均70歳くらい生きると、自ら寿命を悟り瞑想で死を迎えるそうです。野口さんは帰国後も少食を続け1日10時間の五体投地を20年間続け昨年400万回を満行された。著書『チベット仏教の真実』『断食座禅のすすめ』『これでいいのだ』
これだけ厳しい環境と少ない食事で人間は生きていける潜在能力があるのなら、現在の日本の恵まれた環境なら優に100歳くらいの平均寿命でピンコロリンでなければならないはず。しかし現状は逆で、食べすぎと運動不足による肥満や高コレステロール、高血圧から、糖尿病、ガン、認知症と病気になったら薬、サプリや栄養剤を信じて頼る、新型インフルエンザ騒ぎでビクビクするなど、豊かさによるひ弱さの落とし穴に落ち込んでしまった。私も甘いものが回りにあるとついつい手を伸ばして食べすぎてしまいます。正月の餅も大好物で食べすぎて、1月末はいつも体重が増えます。
野口法蔵さんやチベットの僧侶が示すように、極寒でも人間は生体恒常性で体温を維持したり、どんな病気も自然治癒する潜在能力がある。しかしこんな極限状況に身を置くことは現実には考えられないことですから、今の栄養学にどれだけ毒されているかを認識する程度で良いと思う。特に生活習慣病や老化の諸兆候は、野口さんのような食事に一時期だけでも取り組めば相当な効果があると思う。 「断食をして腸内に溜まっている宿便を出すと、すべての病気が治る、ボケなどの防止になる」の効果を知っておけば、医者の薬のお世話になる前にやってみる価値はある。
断食までしなくても、一日一食の少食でも良い。青汁、ニンジン汁、玄米粉の一日一食の甲田療法を実践するめちゃくちゃ元気な友人がいる。 ・ 食べすぎは無駄な消化活動で臓器に負担をかけている。 ・ 青汁、ニンジン汁、玄米粉の一日一食だと食後の倦怠感がない、身体が軽くて疲れない。 ・  酵素の働きが活発になり体温が高くなる、冬でも薄着で平気、睡眠も熟睡して目覚めが良い、 と本人から直接伝授されると、これもやってみる価値は在るだろうと思う。

哺乳類のなかで人間だけが加熱したものを食べている、加熱して酵素を殺した食べ物は内臓に負担をかける。だから最近では生野菜を食べて「生きた酵素」の摂取を薦めるロー(生)フードが欧米で盛んになってきた。もはやマクロビオティックは時代遅れの感があり、生野菜や果物の生きた酵素、漬物、味噌などの発酵食品と和食文化、加熱しすぎない調理法などへと統合の方向に向かっている。要は老化した臓器の内分泌の衰えを補うのは「生きた酵素の摂取」が必要ですよ、ということになると、しゃぶしゃぶ、ローストビーフ、寿司、刺身もいいのではと僕は思う。
私も若いころと比較してみると、お酒が弱くなったし(肝臓の老化)、寒さに弱い(基礎代謝の低下)、食後の倦怠感や睡魔(読書ができない)、立ちくらみ(貧血症)など数々の老化現象に気づいた。これら老化現象は明らかに改善できると思ったので、さっそく取り組んでみることにした。青汁専用のジューサーも購入。毎週水曜日に1週間分の無農薬のケールと人参が届く。この二つを絞り、機械の掃除をすると2時間くらい、結構な労働になる。朝食はジュースと果物少々、お昼はミキサーでバナナ、豆乳、果物、蜂蜜、レモンでスムージを作り空腹を紛らわす、夕食は妻が作るマクロビ食である。もちろん家から一歩出ると、相手に合わせて好きなものを食べるようにしている。
(2009年)

[16]菜食のすすめ

前号では自分自身に忍び寄る老化現象に至った事情の反省と対策としての菜食と少食について書かせてもらいました。3つのまったく違った運動を組み合わせたトライアスロンは自分の体との対話を重ねていくことに役立ちます。更に、この個人的な事情と戦後から今日に至る食文化の変化や環境問題とは無関係ではなく、三大病の癌、心臓病、脳血管疾患や糖尿、アルツハイマー等などの蔓延もその帰するところです。特にバブルの頃からの物の豊かさの反映としての日本人の生活習慣の変化を考察してみる必要があります。

1991年に牛肉が自由化され値段が下がりステーキ、牛丼、焼肉などの食い放題の店や、あたかも健康に良く豊かさの象徴のような肉食文化が生まれた。私もそれに浮かれてビールと肉の飽食をしていた訳ですから、切れ痔になったのはこの頃で、何年か痔に悩んだおかげで玄米菜食に出会いました。スグには玄米に馴染めなかったですが、食べれるようになった頃には完治していました。排便したモノを観察するようになると、一発で長い便がスーっとでる気持ち良さを求めるようになります。快便の条件には体を冷やさない、これは腸内の酵素の働きを良くするために適度に暖かく保てということ。足腰を冷やさぬためのズボン下や腹巻などの効果も見直しました。

「食事」に興味を持ったのはこの頃からで、例えば食べた肉が歯に挟まると翌日には腐敗し口腔内で匂うことがあります。同じように腸内でも腐敗が早く、おならも臭いし、便秘になりやすいわけですが、動物性の固形油が宿便にもなり血液がドロドロになる元と言われています。このことは「痔」だけではなく様々な病気の原因になっています。ガン患者が増えたのもこの頃からで、日本のガン死亡率は世界一になりました。生物学者千島喜久男博士の腸内造血説の「食べものが体の細胞に与える影響」という当たり前のことが腑に落ちました。(ノーベル賞候補にもなった千島学説は西洋医学界の圧力で否定され封印されました。)

日本のガン医療の現状は3大療法(切除、抗ガン剤、放射線療法)が主役になっていて、早期発見しても3大療法に よって免疫力が落ちて他の病気を併発し死亡するということが多いのです。早期発見しても、ガン専門医は「息、食、動、想、環境」という東洋医学や代替療法では当たり前な視点である生活習慣の改善を指導しません。末期ガンで医師に投げ出された人が完治するケースがいくらでもあるのに、現代医療はそのことを認めようとしません。だから末期ガンから自然治癒で生還した元ガン患者たちが会を結成し、ガン患者を支援する活動が全国で始まっています。

こうした大切な活動を大手メディアはなぜ紹介しないのでしょう。私の身近な人に3年半以上も前に甲状腺の専門病院で甲状腺の悪性腫瘍が見つかりましたが、手術を丁寧にお断りし、その後いくつかの生活改善策によりガンは縮小しました。ガンを恐れず冷静に向きにあって、ストレス、悩み、過労に対処し、食事、運動などで生活を改善すれば自然治癒が始まるという理解が必要です。

現場の医師に「あなたがガンになったら抗がん剤治療をうけますか?」というアンケートを取ったところ、99%の医師が受けないと答えたという事実を知ると、次のような本が書かれても不思議ではありません。船瀬俊介の「抗ガン剤で殺される」花伝社、「ガンで死んだら110番、愛する人は“殺された“」五月書店。安保徹、石原結実共著「ガンが逃げ出す生き方」講談社、「癌では死なない」ワニブックス。千島学説を知るには稲田芳弘の「ガン呪縛を解く」ECOクリエイティブがお薦めです。

私は「腸は植物で言う根っこ」のようなものと考えますので、腸内造血という考えかたに共感を抱きます。となると現代の農業問題にも関心を持たざるを得ません。このことに関しては無農薬、無施薬の自然栽培者・木村秋則さん著「奇跡のりんご」はすでに読まれた方も多いかと思います。現代の栄養学や食環境を信頼できなくなると、玄米粉、青汁だけで生きていこうという人が現れても不思議ではありません。菜食主義のビートルズのポール・マッカートニーも「毎日お肉を食べている人は月曜日だけでも菜食にして」と提案しています。

小牧久時博士やフランスのケルブランの、生体内では必要な栄養素が原子転換で生まれるという説(共にノーベル賞にノミネートされた)があり、前回述べた野口法蔵さんは一日一食の粗食でも体格も顔艶もよく元気なのが実証例になります。その上、世界中の人口の半数は満足な食事をしていません。先進国では一日三食が、四、五食になり一日中食べ続けて、内臓を疲弊させ病気を引き起こすので生活習慣病と名付けられました。「肉と野菜のバランスをとれ」「一日30種品目以上の食品を摂る必要がある」が人間の躰の自然性をどれだけ無視しているかも分かりました。

私が参加している「かたかむな暦講座」に、毎月東京から神戸まで元気に通って来られる方ですが、365日を目標に日本産の果物以外に何も食べず、現在200日を達成されています。何万年もの間狩猟採集生活を営んで進化してきた人類ですから、熱帯地方でなら果物だけで生活していたと考えると特別不思議なことではありません。私はそこまでしたいと思いませんが、近くのスーパーの食材は、農薬、化学肥料、人工飼料、抗生物質などがどれほど使われているか安心できません。わが家では、信頼できる農家と契約していうる会に入り自然栽培の野菜や米や安心できる食材を提供してもらっています。生きた酵素を食べるローフードが最近見直されてきたのも、加熱せずに安心して食べられる食材を提供するネットワークや環境が整い始めたからでしょう。

昔なら老人の知恵が尊ばれ若い人が耳を傾けました。残念なことに今の高齢者の多くは戦後の物質文明や科学信仰の洗脳を受けているから、高額医療機器での検査漬け、その検査数値で処方される多量の薬を服用しています、そして世間では医療費が30兆円を越したと嘆いている。こうした状況に疑問を感じ、西洋医学の優れた面も上手に利用しつつ、日本の伝統医療、東洋医学、自分の個体差を経験則から学び統合的に考えて いかないと自分を守ることはできません。
平成22年4月25日

[17]トライアスロンが教えてくれたこと

昨年はやっと長い間の念願であった芦屋浜でアクアスロンが開催され、加西市よりトライアスロン大会開催の要望があり、練習会も行われ今年度実現へと準備が進んでいます。世界でも金メダルや上位入賞と活躍する若手選手が現れ、やっと日本の土壌に根付いてきた観があり長い間協会の活動を続けてきた甲斐がありました。

そのトライアスロンをして来て良かったことが一杯ありますが、自転車で淡路島や西脇まで行ったり六甲山を登るようになると、自宅周辺や市内の坂道も平気で走り回るようになっていました。日常の移動手段がそのままトレーニングですから、マイカーも不要、駐車場、ガソリン、保険などの経費がなくなり生活費の大幅な節約になりました。

精神面での一番は肉体疲労に対する恐怖感がなくなったことです。世間では肉体疲労に対してマイナスイメージを抱く人が多いですが、この否定的な感情がストレスに繋がります。精神的な疲労は潜在意識に残ったりして様々な生活習慣病や鬱病の原因になって厄介な問題に繋がります。トライアスロンをしていると肉体的疲労は睡眠を十分に取りさえすれば解消できると体で納得するようになります。トライアスリートはきっと前世は荒行を積んだお坊さんで、肉体的試練を積むことで不安や恐れを取り除けることを潜在意識が知っているのでしょう。肉体的疲労を恐れず快感だと思える程にプラス志向になると、人生のストレスが半分以上減るわけですから大きなメリットです。

一般にスポーツ界では肉体年齢があってピークを過ぎると引退するのが当たり前のように思われています。しかしトライアスロンは高齢者の健康増進のために楽しくゆっくり取り組める三つの有酸素運動を組合せて始まったのですから逆の筈です。NEC佐々木功監督の名著「ゆっくり走れば速くなる」おかげで「有酸素機能は鍛えるのではなく、開発されるもの」と分かった時、翌年の二つ大会に年代別で入賞してしまいました。それ以来ケガと疲労の原因になったインターバルやビルトアップなどハードなトレーニングとは無縁になってしまいました。

武道で言う「朝鍛夕錬」は、「厳しく鍛える」ではなく「毎日続ける」と言う意味と思います。生きるか死ぬかの世界で生まれた武道ですが、闇雲に身体を鍛えればよいというものではなかったでしょう。これは武士道が禅と繋がったことは無念無想といった精神力に主眼を置いたことにも通じます。この「生涯スポーツとしてのトライアスロン」を書いていて一番に思うのは、老化を防止にはトレーニング量は減らしても、気力を如何に維持すかが課題であり、古武道の稽古にはそうした伝統に培われた知恵を感じます。

修験道、座禅、気功、ヨガなどに共通するのは「腹式呼吸と空意識への誘導」なのですが、トライアスロンにも必要なことだと言えるでしょう。30年近くトライアスロンを続けてきて回りも見渡すと、足腰の故障、病気がちになって気力が衰え引退する人が結構いますが、肉体を鍛えることばかりに気持ちを向けていたからだと思います。瞑想や座禅が求める空の意識とは、頭の中を空っぽにすることで、(競技志向などの)執着や見栄、囚われがなくなり、呼吸に意識を向けることで潜在意識や内面を観察することになり、自分に優しくなれます。そして他人にも優しくなれます。

農耕民族であった私たち日本人は朝早くから日が暮れるまで働き詰めという生活のリズムが身体に刻まれているはずです。侵略を受けたことがない日本民族は争いを繰り返してきた騎馬民族や狩猟民族などと気質・体質が違って当たり前。農作業のように自然と上手に付き合い、労を惜しまない=Long Slowで体を動かす、それを都市生活で実践するには社会との繋がりを立ち切らず、「一生現役」が健康に一番だとトライアスロンが教えてくれました。

[18]生きる力を養うトライアスロン

この度の東日本大震災の津波による災害は多くのビデオ映像が世界中の人の心に焼き付きました。映画の中の創作だと思っていたことが、実際に現実のものになってしまい、自然の力に対する無力感を感じています。

しかし三重苦の不幸をもたらしている東京電力福島第一原子力発電所の放射能汚染による被害は人災です。本来なら被災地各地で全国からのボランティアによる多くの支援や明るい復興へ向けての活動が生まれ広がっていなければなりません。この愚かな終わりのない悪夢のような放射能の恐怖が復興活動の足かせとなっています。

電力会社は莫大な資金力で周辺住民を買収し、新聞広告・テレビのコマーシャルで無責任な原子力の安全神話を流布してきましたが、原発の危険性を訴える多くの市民の声はマスコミに報道されることなく無視されてきました。原子力発電を開発する企業の中でも、その危険性に気づき警告を発する勇気ある行動を起した人々は抹殺されてきました。今、こうした学者や研究者たちの意見がやっと週刊誌やインターネットなどに登場するようになりました。

しかし米シンクタンクは東北の復興には再生可能エネルギーが割安と報告書をまとめ、環境省も風力、地熱エネルギーの潜在力が原子力・火力を上回ると発表しました。地域分散型の地熱、風力、ソーラー、海洋、小水力など再生可能エネルギーによる電力供給システム、余った電力で水を電気分解して水素を作る取り組みなどが浮上してきました。この機会に東北・関東一体が自然環境を生かすグリーンエコ地域として日本人が誇りに思うような素晴らしい復活を成し遂げて欲しいと祈るばかりです。

阪神大震災の時、全国から多くのボランティアが来神し、その暖かい支援に触れどれだけ励まされたことでしょう。私と隣の両親の家が全壊し、支援物資のお世話になりましたし、義捐金もいただき本当に助かりました。数回しか参加できなかったですが、兵庫県トライアスロン協会では引越しボランティアを組織して108件の引越しのお手伝いをしました。この時の協会員の団結力と活躍には頭が下がりました。

家屋を取り壊すまでの1年間は雨漏りを防ぐためのブルーシートを張りなおすために屋根の上に登ったり、六甲山の川の水を汲んできたり楽しい思い出がいっぱいあります。家屋の取り壊しで家を引っ越し、その間に自宅の再建に取り組みましたが、その間多くの方に相談に乗っていただき支援を得られことはどれだけ心強かったでしょう。震災までお付き合いがなかった隣近所の人々とも声を掛け合い、助け合ったりして、私自身の心の壁が次々と取り払われました。その時「あるがままの心」を大切にする宮古島のことを知り、翌年トライアスロン大会に参加したいと思い、参加許可を得られたのも震災被災のお陰だったと思います。

友人の安否を確認するため神戸から西宮までをMTBで走り回り隈なく被災状況を見てまわり涙が止まらないことがありました。阪神、阪急、JRの路線が止まり、瓦礫の道や渋滞する道路を、毎日の通勤や山へ水を汲みに行くにもMTBが大変役立ち、トライアスロンをしていることをどれだけ誇りに思ったことでしょう。記録や順位に囚われなくなり、ただ完走できればいいと思うようになりました。

日常生活でマイカーに頼らず自転車やランニングを移動手段とした生活をしていれば十分だと思うようになれたのも震災のお陰でした。これは節電や省エネの心を養うためにもトライアスロンを普及したいとの気持ちで「生涯スポーツとしてのトライアスロン」を書いてきたテーマです。そんなトライアスロン精神を普及できる大会が開催されるような街づくりで、東北各地の被災地が復興すれば嬉しいですね。これまで東北の大会に参加した事がない私ですが、その時は僕も復活したいと思います。

[19]100歳でも現役のコツ

JTUのニュースで82歳の鉄人・伊賀正美さんのことを知りました。今年の「ひわさうみがめトライアスロン大会(計51・5キロ)をスイム(1・5キロ)38分、バイク(40キロ)2時間9分、ラン(10キロ)1時間28分の」を4時間16分でゴールとあった。制限時間を14分も残して完走されるのはすごいですね。 伊賀さんは57歳まで病弱でスポーツ経験はなし! 「ストレスで胃潰瘍になり、長生きできないとあきらめていたが、このまま死んだらつまらんな」と走り始めたのがきっかけとのこと。60歳でトライアスロンに初出場されてから22年間で30回の出場歴とありますので、きっと順位やタイムを気にせずに用心深く続けてこられたのでしょう。 

カナダのトロントでのフルマラソンで、100歳のインド系英国人男性ファウジャ・シンさんが完走し、公式記録ではシンさんのタイムは8時間25分16秒でフルマラソンの最高齢世界記録を樹立した。シンさんは88歳からマラソンを始め、今回が8回目。2003年に5時間40分1秒で完走し90歳以上の記録を塗り替えた。走り始めたのは80歳の時で、息子の死で「心を閉ざし希望を失った時、『走るように』という神のお告げがあった」のがきっかけ。お酒もタバコも生まれて一度も体験なし、食事はショウガを入れたカレーに紅茶が中心で、米でつくった甘い菓子は食べないそうで、骨密度は右足が25歳、左足は35歳という。 「体力の秘密は毎日欠かさず16キロを走り続けていること」 なんてびっくりですね。

釜石市の下川原孝さんは98歳からはやり投、円盤投を始め、マスターズの記録を塗り替えた。著書「101歳のアスリート、人生なんて何歳からでも大丈夫」(朝日新聞出版)があり、参考になることが沢山書かれていてお奨めです。練習場所がないのでグラウンドでの練習は年に2,3回だけで、少し自己流のラジオ体操、投げ方を頭の中でイメージするだけ。 それだけで99歳に地方大会初出場して記録更新、100歳の時に全国大会に初出場で世界記録を大幅に更新した。イメージの稽古とは厳しい稽古をしなくても、武道家が高齢になって型稽古を編み出して技が衰えるのを防いだことで、その武芸の中で生まれた効果を伝承するようになったのが日本の型文化なのでしょうか。中国で発達した気功や太極拳も動作をいれたイメージトレーニングだけでも力量を発揮できる、そして呼吸や気を練ることが中心の健康や体調管理に役立ててきたのでしょうね。

下川原さんは85歳まで毎晩飲み歩いて暇で寂しかったので詩吟を始め、そこから又元気になられたそうで、食事は何でも家族と一緒の物を食べる、血圧が高いので75歳から25年間降圧剤を飲んでいるなどまったく普通の方でした。しかし享年104歳、3月11日釜石市で津波を避けて避難中に息子さん夫婦と一緒に亡くなられた、大変無念なことです。 女性アスリートに参考になるお話。27歳のアンバー・ミラーさんは、妊娠39週目にマラソンコースの半分を走り、半分は歩くという医師のアドバイスの下、シカゴ・マラソンに出場した。その数時間後に自然分娩で出産するという偉業を成し遂げた。ミラーさんにとっては8度目のマラソン参加、妊娠中にマラソンに参加したのは今回で2度目だという。名古屋の岡崎市にある自然分娩の産婦人科医・吉村先生は妊婦さんに2時間以上歩かせ、雑巾がけ、まき割りをさせる事で有名ですが、これを知った妊婦さんたちもフルマラソンに参加したら先生よろこぶでしょうね。

高齢になってから始めた人は、自分の人生にとっての知らなかった一面、未知の可能性やマッチョな生き方に出逢い楽しくて仕方がないでしょう。無理して体調を崩すトレーニングより、休息も十分とりつつ軽いイメージトレーニング、ストレッチ、体操などの体調管理などをする気力の維持さえあれば、レースに出たいと思ったときに再挑戦するくらいでよい。その時、伊賀さんのように地元に「ひわさ海がめ」のような良い大会があることも条件ですので、兵庫県で始まった潮芦屋アクアスロンや加西市グリーンパーク トライアスロンが100歳の高齢者でも参加できて地元で愛されるような大会になってほしいですね。 2012年1月4日

[20]生活に役立てるトライアスロン

大災害が何時来ても不思議ではない、こんな時代だからこそトライアスロンによって「生きる力」を養ってきたことがどれほど幸運なことかと思うと感慨深いものがあります。歴史上どんなに繰り返し訪れる災害であっても、和の精神の助け合いで直ぐに立ち直ってきた民族性は今回の東北でも発揮され世界中から賞賛されました。一方ガンなど生活習慣病や躁鬱、自殺の増え方は尋常ではなく、さらに高齢化社会が進んでいけば、今までどおり精神が耐えられか心配です。

当初の会員は冬季登山が趣味の人が多く、オフシーズンの夏にトライアスロンが良いからと始めました。最初の練習会に私は普通のサイクリング車で参加したのですが、すでにみんなロードレーサーに乗っているのにビックリしました。置いて行かれて腹がたって直ぐにロードレーサーを買いに行き、3ヵ月後に第一回串本大会に初出場しました。その秋にはこの頃の少なかった大会の中から、スイムの代わりに山登りのある第三回小松トライアスロンに参加し、その後も3年連続して出場し、完走してもらえるゴール写真を見て足腰が年々逞しくなっていくのが楽しみでした。
淡路島や西脇へのロングライドも始め、体力が付き毎夏盆休みに20キロ近いリュックを背負って穂高や乗鞍、北岳を縦走に、トライアスロン大会にと参加するといった私の変わりように、職場の仲間からいつのまにか鉄人と呼ばれるようになり、入社当時とはまるで別人のような扱いになりました。35歳を過ぎて始めたのに体重も増え体格も一回り大きくなり、健康に自信が付きプラス思考で前向きになるなど、ここまで人生が変わるとは思いませんでした。

クラブを結成した当時はワープロが出始めた頃で、練習会を企画し、写真撮り、文章を書いて毎月会報を作り、会員に発送する役を引き受けました。この趣味が役立ち、勤務先での業務にワープロやPC導入の責任者になって貢献できたのもラッキーなことでした。新聞テレビに変わってインターネットが情報社会に不可欠なツールとなったパソコンが使えるのも、クラブや協会の会報作りが励みになったからです。今号からは優れもの編集ソフトAdobe InDesaignを入手して使い始めました。

さらにトライアスロンをしていて良かったのは、ストレスや仕事、生活一般の疲労を積極的に解消するのに、トライアスロン3種目による適度な肉体疲労と睡眠が最適だという経験知を得られた事です。世間一般に過激な肉体疲労は身体に悪いと思われています。しかし精神的な疲労の解消には肉体疲労で中和するという智慧を得たのも長年のトライアスロンの実践をしたおかげです。肉体労働をしても消化器・循環器の新陳代謝を活発にするからと、辛い仕事も率先してするようになりました。

家の仕事が便利で楽になり過ぎ、生活習慣病が増えています。高齢になっても利他の心で人に役に立つ存在であれば、生きがいにもなり日常生活にも張り合いが生まれます。トライアスロン協会でスタッフとして活動を続けられるのも、良き仲間と共に新しい大会を企画して多くのアスリートに喜んでいただけるからです。昨年来やっと兵庫県では潮芦屋、加西、大蔵海岸と立地の良い大会が生まれ、長い間低迷していた会員数も増えつつあることは嬉しいことです。

生涯現役で病気にならずピンコロリンと大往生するのが理想ですが、そのためには競技ではなく生活に役に立つために自転車に乗り、走り、歩き、プールに行くなど工夫すれば、それなりのトレーニングになり、レース前の2,3ヶ月の集中練習で完走できるし、適度の体力は維持できるのではないでしょうか。前号で紹介した83歳の伊賀正美さんのように順位やタイムに囚われることなく、年に一度お馴染みの大会に出場して肉体と精神面の健康管理を維持するのが長続きのコツなようです。
(2012.5月)

[21]高齢者のトライアスロン

今年も嬉しいニュースがありました。昨年の 19回で紹介した83歳の伊賀正美さん今年のひわさうみがめトライアスロン大会の記録を見ると4時間14分13秒で完走され、昨年の記録を2分短縮されていてご健在で嬉しいです。さらに昨年は千葉・八千代市の稲田弘さん(80)と千葉市美浜区の清水哲夫さん(76)が「アイアンマン世界選手権」に挑戦されたとのことだ。

お二人は稲毛インターナショナルトライアスロンクラブで練習しているというからびっくりです。ネット上で探すとお二人の逞しい写真が見れます。千葉の稲田さんはハワイ・アイアンマンを完走し、さらに15時間38分25秒の年代別での記録更新で優勝との情報が入ってきました。

60過ぎてから水泳を始め、69歳で競技用の自転車を購入して70歳でトライアスロンに初挑戦し完走。2009年,76歳でアイアンマンの大会に初出場も、最後のランで制限時間を超え、ここで悔しさが芽生えたというからすごい。そして今回はタイのアイアンマンで完走し、ハワイ出場の資格を得ての参加。稲田さんが70歳からトライアスロンを始められたという事に一般の人も勇気を貰える話ですね。そして80歳でアイアンマンを15時間38分25秒完走されたという事は、ご自身の体力を維持するだけではなく、さらに持久力をグレードアップされたという事ですから、人間は気力さえあれば高齢になっても若い頃以上の体力をつけられるという事を証明されたことになります。

もう一人の清水さん(76歳)は二十数年前からトライアスロンを始められ、これまでの10年間、サロマ湖ウルトラマラソン(100キロ)にほぼ毎年参加されているとのこと。昨年12月のオーストラリアのレースで上位に進出し、ハワイへの切符を手に入れられたとのこと。一般的に高齢になると引退される人が多い中、さらに厳しいフルのトライアスロンにこの年齢で挑戦されるのですから、無理をしないでやって来られて気力と体力を維持とされているのでしょうね。

このように挑戦する意欲さえあれば70才を過ぎてからでも出来るという範を示してくれる人が多い事は嬉しいことですので、今後も記録を更新していただきたいですね。一番怖いのはケガや故障ですが、きっとその点も自己管理を上手にされているのでしょう。現在トライアスロンから遠ざかっていて、いずれ又挑戦したいと思っている個高齢の方々にとっても大変刺激的なニュースです。正に極意を得られているのだと思いますが、お会いしてお話を聞いてみたい方々ですね。

2003年より「生涯スポーツとしてトライアスロン」を書き始めて11年目となり、その問題意識で長生きの人を見ていて分ることは、やはり仕事や生きがいのある趣味を続けるのが一番のようです。トライアスロンはその「補助的」なものであり、生きる意欲や問題意識を高く維持するために続ければと思います。トライアスロンを生甲斐にすると、ケガや病気で挫折して止めてしまい、生きる目的を失っては意味がありません。

兵庫県トライアスロン協会は25年目にして、過去最高の6大会を開催できるようになりましたが、どの大会も私たちが70歳になった時に出場したいと思える素晴らしい大会ばかりです。しかし、これらの6大会を継続していくためには多くのボランティアやサポーターの支援がいりますし、現在では、協会の古参役員が6大会に出場したいと思っても出来ないのが現状です。サポーターは多いほど助かりますので、是非この機会に6つの大会のどれかにサポーターとしてご参加し競技のお手伝い頂ければと切にお願いするところです。
(2013.1月)

[22]トライアスリートは求道家なのか

トライアスロンは肉体を酷使して鍛えるというマゾ的なものに魅力を感じて没頭する一面がありますが、 一応取り組むタイプは二通りで競技志向型と完走型があると思います。どちらもゴール後の達成感は同じだと思いますが、その内面的な部分は様々だと思います。集団競技の野球やサッカーと言った球技は、そのゲーム性が好きな子供、嫌いな子供もがいて適正もあります。私の場合は球技や集団競技はストレスを感じるので苦手でしたが、一人で山をあるいたり孤独を愛するタイプですので、社会人になってトライアスロンに出会い、自分の求道家タイプな性格に気づきました。

トライアスロンは三種目とも一人でできるのですぐに飛びつきました。特に会社と家庭の仕事の空いた時間や休日の午前中など以外に、通勤に使えることに意義を見出しました。自転車に乗って通勤で職場へ向かい、終わったら自宅へ直行ですので、いろんな無駄が減ります。電車通勤だと同僚と付き合って駅前で一杯飲むとか、無駄な買い物をしたりします。バスや電車の時刻に追われるような通勤は苦手でしたし、他人への余分な気遣いや無駄な情報が入りストレスになりますので、通勤時間をトレーニングに生かすと一人で束縛されずに健康にも良いというメリットが多く上手な時間の使い方となり、様々な余徳があり無駄使いがなくなりました。

ランもバイクもその間に何を考えるか人によって違うでしょうが、共通しているのは一人で我慢強く取り組むという大変ストイックな一面が強化され、修行僧のような気分に浸る心地よさが味わえると思います。こうした瞑想状態に入って行くことは誰にでもあると思いますが、マラソンやトライアスロン好きな人が持っている求道性に気づき追求すれば、人生に役立つ様々なメリットがあると思います。

こうした求道好きの自分の一面に気付いたのは、私がトライアスロンに魅了されてしばらく立ってからのことでした。若い頃から比叡山の千日回峰行などにも興味があって、内海俊照大阿闍梨の一日回峰行の体験会に参加しました。この時、比叡山回峰行の道を深夜に出発して不動教真言を唱えながら歩きました。お坊さんの修業中ではお経を唱えることが多いですが、それはお経の学習の意味もあるでしょうか、余分な事を考えなくする目的があると思います。新聞・テレビなど世間の無駄な情報に囚われず馬鹿なことを考えないで済むわけです。

その時以来、ランニング中に不動教真言を唱えながら走り始め、それが飽きたら般若心経とかいろいろ興味のある真言を唱えて走りました。45歳の時に腰痛になり、歩くようなゆっくりで般若心経を唱えながら走っていると、有酸素機能がグンーンと開発されマラソンの記録が一気に伸び、体調が良くなりました。無理に鍛えていた時と違って肉体疲労やケガが完全に消えました。 スピードを上げるトレーニングはほとんどしなくなりましたが、レースに参加すると競技嗜好が目覚めて頑張って走ります。その程度のことでレースでの記録が良くなり、走ることが楽になりました。スタミナが付くということは、有酸素機能が開発されることだと実感でき、これは毎日の肉体労働の生活をしてきた農耕民族の遺伝子が目覚めたということでしょう。 そこで篠山マラソンでサブスリーを目指したのですが、前日に篠山の友人宅でボタン鍋をご馳走するからと誘いにのってしまい、「たらふく食べてもファイブミニを3本も飲めばレース前に全部出るだろう」と油断したのが間違いでした。残念ながらその効果が出たのはレースが始まってからで、途中3度もトイレに飛び込むことほどの快便でしたが、記録は3時間8分でした。無念な結果になりましたが、この年はサイパンでは年代別2位、徳の島大会では1位となり初めて表彰台に上がり、この時以来トレーニングへの取り組み方や考え方が変わり、無理で厳しいことは一切止めました。

比叡山や大峯山回峰行で真言を唱えて歩くのはお化けや獣の恐れからの不安の解消し妄想が起こらないようにするための智慧ですが、社会的に煩わしい意味のない情報も一種の魑魅魍魎のようなものですから、そんなものから守られたライフスタイルが確立できました。スポーツ新聞や三面記事の内容はまったく無縁になったおかげで、職場の同僚の話に付いていけなくなりましたが、全く気になりませんでした。

真言を唱えて吐く呼吸を長くするという仏教の知恵は、腹式呼吸で自律神経のコントロールし、持久筋の有酸素機能の開発にも役立つと知っていて修行に用いたのでしょう。さらに、大切なのは心が前向きになるという点です。真言を唱えることで神仏に守られるという気持ちで走れば、自然に様々な問題を解決するプラス思考が養えました。禅宗の托鉢も回峰行が教えることを、私たちはトライアスロントレーニングでも応用しなくちゃ損ですね。悟りを開くことは、ある意味プラス思考になることだと思います。

どんな苦境にも立ち向かい、試練を乗り越える覚悟をもった行者と、同じような体験を自ら好んでするトライアスリートも同じ気質ではないでしょうか。実際、私はこのおかげでプラス思考になり、心と体と魂が一体になる病気知らずの健康を得られました。兵庫県トライアスロン協会で永年多くの行事やレースの運営に取り組んでこられたのも、プラス思考の気高い精神性のおかげだと思います。皆様も大会のスタッフとして参加して頂き、トライアスロン精神の神髄を磨いて頂きたいと思います。
(2013.5月)

[23]科学的に解明される魂とは

今号には多数の会員の皆様から楽しい内容の文章が沢山集まり、やっと私の文章もこの辺で書き納めにしてもよさそうでありがたく思っています。県の代表選手として出場し報告として書いていただいた若者の文章とベテラン会員の遊び心の多いエンジョイ型とは全くトライアスロンへの取り組み方が違っていることにお気付きだと思います。

私の文章はさらに高齢になってからピンピンコロリと死ぬまでのトライアスロンの取り組み方を書き始めた訳ですから、どうしても健康法的であったり、前号の「トライアスリートは求道家なのか」なんて精神修養的な臭みが漂ってしまい、さらに私の関心は古武道的な身体論や精神論にあるので、若い会員の方には年寄り臭くて嫌われているのではないかと心配しているのですが、元気な若い人の面白い体験が投稿が多くなれば私の潮時かと思っています。

初心者の方やスポーツ歴のない方は順位や記録に囚われがちです。ケガや病気をして何のためにしているのと疑問を持った時は、完走だけを目的にすると楽になります。トライアスロンは完走するだけで周りの人はスゴイと云ってくれますので、他人に分からない順位や記録の事を云っても空しくなるだけですから、私も制限時間ぎりぎりにゴールして完走を楽しむようになりました。フルトライアスロンでも完走だけなら、数を重ねれば体と心が覚えてくれますからトレーニングもそれ程しなくても何とか時間内にゴールできるようになります。健康にとってはそれ位が丁度良い感じで、レースは体力維持を測る健康診断だと思ってやっていました。

トライアスロンはもともと車社会の弊害で足腰が弱くなったアメリカでマラソンブームが起こり、生まれたのですから、怪我や病気をしては意味がありません。ところが、私の周りでは若い内に亡くなったり、ケガで引退する人を見てきましたので、健康法としてのトライアスロンの取り組み方を知って欲しいと思い、Finish Line発行業務をすべてお引き受けした機会に、味気ない連絡事項だけでは面白みがないので書き始めた訳です。そう云う私も定年後は自分の仕事も大変忙しくなり、35年も続けている神道夢想流杖道を指導する立場でもありますので、稽古に集中しなければならず、トライアスロン・トレーニングがまったくできなくなりました。トライアスロンは27年以上も取り組んだおかげで、肉体疲労に対する恐れがなくなり、武道での少々過激な稽古も厭わなくなり、いつでもトライアスロンを再開できるという自信があります。2019年のワールド・マスターの時は72歳になりますが、復活して挑戦したいと思っています。

トライアスロンをして良かったのは、まず持久力のある身体の作り方、疲労をいかに取るか、怪我をしない体 の使い方や風邪を引かないコツや、水分や食の取り方など数えきれない知恵を頂きました。お陰で20年以上もお医者様(歯科医以外)のお世話になっていませんが、どんなケガや病気も自分で直すと言う強い信念を養えたのも体を酷使して得た知恵であり、宝です。しかし、一般に高齢者はケガや故障が怖くて運動しなくなったり、病院通いと薬は当たり前と思っています。「医学不要論」を書いた内海聡さんと云う医師が登場するほど、現在の医療は信用できなくなっていますので、自分の体の事は自分が一番よく知っていると知恵を蓄え、何か不調があっても自分で治すようになるべきです。そんな人は周りを見ればいくらでもいます。例えば作家の五木寛之のような生き方が望ましいと思っています。「なるだけ医者に頼らず生きるために私が実践している100の習慣」や「新老人の思想」はぜひ読んで頂きたい本です。

では、ガンになったらどうするか? 最近はご存知のように「医者に行くな、3大治療は受けるな」が定説になって来ています。そう、健康保険制度によって医療システムに従った治療しかしてもらえない、人の命より利益が優先されていることを私たちも、やっと認識されるようになりました。しかし診療を拒否したら退院させられますが、その時にラッキー思えるようになれば、あなたの命は助かります。病気はメッセージだといわれてますので、生活習慣を食、息、想、動、環の視点で自分を振り返れば良いだけです。まずどんな食をして来たか。飲み過ぎ、食べ過ぎ、吸い過ぎなど胃ガン、大腸ガン、肺ガンなど自己責任なのはすぐ分かる。牛乳は骨折症状と乳がんを呼ぶので飲まない方が良いし、牛肉はアメリカ産は食べないようにしていますが、私も45歳頃までは焼き肉食べ放題に良く行き、切れ痔になって肉の食べ過ぎを反省し、玄米菜食中心に生活習慣を改めました。

息はヨガ・気功・座禅・瞑想の基本と知られている腹式呼吸法により自律神経を自己管理でき、ランニングやウォークは佐々木功監督の名著「ゆっくり走れば早くなる」を読めば有酸素機能を開発するコツが詳しく書かれてある。想はストレス管理、思考パターン、プラス志向などを学び、何かあった時にどんな反応をする癖があるか、直ぐに怒る、心配する、不安がるなど体に悪いことはしないこと。動は肉体労働が一番で、無駄な筋トレをして筋肉痛になっても整形外科に行くようなことはしない。環はどんな環境に住んでいるか? 空気が悪い、電磁波が多い、妻とよくケンカするとかいろいろあります。

しかし大切なのは「魂」ですが、これを説明するのが一番むずかしいですね。現代人は魂の存在なんて信じない人が多い、魂の働きと命との関わり合いが科学的に説明されていないから、自分の魂を癒しなさいなんて言っても、好き勝手な事してるのが一番なんじゃないですか、ってことになる。そうではなく、何か世間の常識に縛られていたり、周りの事に気を使い過ぎたり、仕事ばかりしてしまうとか避けられないと思っている事を一度スパッと辞めて旅に出るとか、温泉旅行するとか、入院に代わる静かな生活を取り返すとか。しかし「魂」については最近科学的に解明され始めたのだ。遺伝子学者の村上和雄を描いた「祈り」という映画も評判になったり、東大救急医療の矢作直樹教授の著書「人は死なない」がベストセラーになったり、気功家・中健次郎との共著「人は死なない、ではどうする」もあり、死後の世界や魂の輪廻転生を語る著書がブームになっている。しかし、もっとすごい数理物理学・量子力学・脳科学・冠光寺流柔術創始者でノートルダム清心女子大学 教授の保江邦夫が登場してきたのはすごい。

植芝盛平の合気道の極意を習得し、末期ガンからの生還、奇跡の体験~合気(愛魂)から量子モナド理論により、万物すべて物理学のみならず合気の存在でさえ説明可能としている。UFOと宇宙人について深く研究し、UFOは愛魂の力で飛ぶと云っている。火星からきたアトランティス文明とギザの大ピラミッドにおけるハトホルの秘技になんてぶっ飛んだ内容の本まで書いている。人間=ヒト+魂、又は人間=肉体+精神+魂であり魂と心は同じではない、なんて量子力学から書く人が日本に現れたのがスゴイ。最近は産婦人科医の池川明さんが胎内記憶を研究し、「神様との約束」と云う映画が評判になっている。貴方は自分で親を選んで生まれてきた、そして日本人としての魂を持った。だから「日本人とは何か」を知り、そのルーツを辿れば「日本と云う国が世界最古の文明を今なお継続し繁栄している唯一の国であり、日本人に生まれる事は地球上でもっとも幸せなことだ」と言われるようになった。だからもっと有意義な生き方をしてガンなどで死ぬような勿体ない生き方をしたくないと思うようになれば、それが、貴方は魂の存在を認めたことになる・・・

保江邦夫先生のお薦めの本は『愛の宇宙方程式』から読まれるとよい。そして今何故にこんな科学者が多く私達の国に続出してきたのか、それを自分の魂に問うことになれば、世界最古の歴史を持つ日本人の魂はもっと輝くだろう。戦後GHQが「日本弱体化政策」で自虐史観を植え付けた理由が分かり、そこから卒業し、伊勢・出雲の同時遷宮から神話や古事記、カタカムナなどのブーム到来を祝い、魂をパワーアップすれば、日本は健康で豊かな実質的な長寿国家になる筈である。そして生活のなかで生かせるトライアスロンの国になって欲しいので、当タイトルのバックナンバーをネットで検索して読んでいただければ嬉しい。
(2014.1月)